幽霊社会復帰課の夏休み3
崩壊したトタン民家の瓦礫が、内側から爆発したように吹き飛んだ。
「……ぺっ」
土煙の中から這い出てきた鬼怒川烈子課長は、口内に溜まった血反吐を地面に盛大に吐き捨てた。サングラスはどこかに吹き飛び、その目は殺気で血走っている。アロハシャツは破れ、自慢の肌は傷だらけだ。彼女はさらに、左右の鼻から溢れ出る鼻血を、ブッと指で豪快に噴き出させると、仁王立ちになった。
「へへ……気合い入ってるなァ? デカ女」
烈子課長は、凶悪な笑みを浮かべて十六尺様を見上げた。
「この、世の男子が求めて止まないワシの美しい体を傷物にしやがって……二度と人前に出れねぇような顔にしてやるからな、覚悟しやがれ!!」
その殺気に圧されたか、十六尺様は一瞬動きを止めたが、すぐに再びその巨大な左手を振りかぶった。先ほど課長を吹き飛ばした、あの横薙ぎの張り手だ。
「ぽぽぽぽぽォォォオオオッ!!!」
暴風のごとき一撃が放たれる。
しかし、烈子課長は逃げなかった。逆に、その張り手に向かって自ら飛び込んだのだ。
質量vs質量の激突──かと思われた瞬間、烈子課長の身体が空中で奇妙な軌道を描いた。
決まった!
烈子課長は、十六尺様の巨大な左手の、ちょうど「中指」に飛びつき、そのまま空中で自身の身体をテコの原理として利用する、必死の「腕ひしぎ十字固め」を、なんと指一本に対して極めたのだ!
パキンッ!!!
ひなびた村中に、硬い木の枝が折れるような、不気味で鮮明な音が響き渡った。
「────────ッッッ!!!!!????」
十六尺様の口から、言葉にならない絶叫が迸る。
あまりの激痛に、彼女の巨大な全身が痙攣した。同時に、真壁を掴んでいた右手の力が完全に抜け、真壁は地上5メートルから地面へと叩きつけられた。
「グェッ!!!」
背中から地面に激突した真壁は、肺の中の空気をすべて吐き出し、さらにドロリとした血反吐を吐き散らして悶絶した。
意識が遠のく中、真壁の首筋にシュルシュルとロープが巻き付く。
「はい、真壁くん、確保です」
栞さんだった。彼女は車から投げたロープで真壁の首を正確に捉えると、そのまま迷いなく公用車まで引きずっていった。真壁の背中が地面と擦れてさらに削れていくが、栞さんの顔は晴れやかだった。
「課長! 真壁さんは確保しました!」
「おうよ! 栞、よくやった!」
瓦礫の上から、烈子課長の声が響く。彼女はすでに、痛みでのたうち回る十六尺様の頭上へと跳躍していた。
「じゃあ、トドメだクソデカ女!! ワシの美貌を傷つけた代償、そのツラで支払ってもらうぞ!!」
這いつくばり、折れた指を押さえて苦悶する十六尺様の顔面に、烈子課長の全体重と殺気を乗せた飛び蹴りが、ドグシャァァァン!!!と音を立ててめり込んだ。
十六尺様の巨躯が、駄菓子屋の前で完全にダウンする。
のたうち回るその巨大な身体を、栞さんは公用車から取り出した、怪異の力を封印できる特殊なロープで、手際よく、かつ無駄に扇情的な「亀甲縛り」にしていく。
やがて、すべての力を封印された十六尺様は、巨大な白いサマードレスのまま、屈辱的な格好でピクリとも動かなくなった。
「ふぅ……。これで一件落着、だな!」
烈子課長は傷だらけの身体でアロハシャツの襟を正すと、サングラスをかけ直した。
「栞、ちゃんと撮ったか? 今のワシのスタイリッシュなフィニッシュ! 復帰課の新しいCMが作れるかもな?」
「はい、課長! 崩壊した民家から立ち上がるシーンから、最後のキックまで、完璧にバッチリです!」
栞さんはビデオカメラの液晶を確認し、親指を立てた。
「よし! 人が集まる前に行くぞ!」
烈子課長は、誰もいない駄菓子屋の周囲を見渡した。
「まぁ、集まる人も居ねぇような滅びゆくのを待つだけの村だけどな! ガッハッハー!!」
烈子課長の豪快な笑い声と共に、ゴーストバスターズ風の公用車がホイルスピン気味に急発進した。
後部座席には、完全に気絶し、血反吐と埃まみれの真壁が転がっている。
そして車の後部には、ロープでガチガチに亀甲縛りにされた十六尺様が、そのままアスファルトを引きずられながら牽引されていく。
目指すは、ビーチ!
数日後。
幽霊社会復帰課のオフィスの壁にある、コルクボード。
そこには、新しい写真が飾られていた。
サングラス姿でキラキラした笑顔の烈子課長と、スイカを持ってピースする栞さんのツーショット。の後ろでクーラーボックスを四つも持たされている真壁。そして、そのさらに奥で、体育座りで巨大なビーチパラソルを持たされ、虚な目で砂浜を見つめている十六尺様の写真が貼られていた。
──おしまい。
幽霊社会復帰課は夏休みを満喫中なので、更新が少し遅れます。




