幽霊社会復帰課の夏休み1
世間様が暦通りの夏休みを満喫し終えた頃、ようやく『幽霊社会復帰課』の面々にも待望の休暇が訪れていた。
それもそのはず、7月と8月は世間一般でいう「心霊ホラーのかき入れ時」。怪異も怨霊も大張り切りで暴れ回るため、復帰課は60日間無休、24時間体制で馬車馬のように働かされていたのだ。公務員とはいえ死に物狂いで働いた結果、勝ち取った休みは「1ヶ月まるまる」。
真壁霊は、この貴重な休暇を利用して実家へ里帰りすることに決めていた。
目的はただ一つ。心身ともにボロボロになった自分を癒やすこと。そして何より、数ヶ月の勤務で身体の芯まで染み付いてしまった、あの烈子課長の「ドブとヤニの臭い」を綺麗さっぱり禊ぐためであった。
「はぁ……やっぱり地元の空気は最高だな……」
久しぶりの実家。都会の喧騒から離れ、のんびりと羽を伸ばしていた真壁だったが、数日もしないうちに田舎特有の洗礼を受けることになる。
近所の駄菓子屋へ向かう道すがら、ヒソヒソと交わされる村民たちの噂話が真壁の耳に飛び込んできた。
「ちょっと聞いた? 真壁さんのところの息子さん、仕事クビになったらしいわよ……」
「いやいや、噂じゃあ停職半年って話だぜ?」
「せっかく公務員になれたって親御さんが大自慢してたのに、減俸までされたとか……」
(クソみたいな村だ……っ!!!)
真壁は心の中で血の涙を流しながら拳を握りしめた。
あまりにも暇すぎる限界集落。娯楽のない老人たちの手によって、噂話が光速で広がり、尾ひれがついて最悪の形に歪んで伝わっている。誰がクビだ。こっちは立派に(?)現役でブラック労働に耐え抜いているというのに。
いたたまれなくなった真壁は、村民の目を逃れるようにして、子供の頃によく遊んだ裏山の秘密基地へと向かった。
生い茂る草木をかき分け、懐かしい秘密基地の跡地に辿り着く。
ふと見ると、そこに古びた石碑がひっそりと佇んでいた。
「そういえば……昔からこんな石碑あったなぁ。これ、何の石碑なんだろ?」
特に深い意味もなく、懐かしさからその表面をかるく手で撫でた、その時だった。
みしり。
不穏な音が響いたかと思うと、あんなに立派に立っていたはずの石碑が、まるで砂の城のように脆く、一瞬でガシャガシャと音を立てて崩れ落ちてしまったのだ。
「へ? ……なんで?」
真壁は硬直した。手のひらを見る。ただ触っただけだ。パワー系の鬼怒川課長じゃあるまいし、一般人の自分が撫でただけで壊れるはずがない。しかし、目の前には完全に粉砕された石碑の残骸。
「え? やばいやばいやばい……! これ、見つかったら絶対にまた村のジジババに何言われるか分からないぞ……! そうだ、逃げよう!!」
冷や汗を滝のように流しながら、真壁は脱兎のごとく山を駆け下り、村へと逃げ戻った。
自身の不吉な予感を振り払うように、真壁は懐かしの駄菓子屋に逃げ込み、冷たいアイスを買い求めた。店先でアイスを口に含み、ようやく一息ついた──その瞬間だった。
視界が、急激に大きな影に覆われる。
「ん……? 曇ってきたのかな? 雨でも降るのかな……?」
真壁が何気なく上空を見上げた、その刹那。
「ぽ、ぽぽ…… ぽぽぽ……」
頭上から響いてきたのは、地鳴りのような、それでいて不気味に響く重低音の鳴き声。
「は、は、は、八尺様だぁぁぁあああ!!!」
真壁の口からアイスがこぼれ落ちる。テレビやネットの怪談で見たことがある。白いサマードレスに大きな帽子。間違いない、あの有名な怪異だ。
しかし──何かが決定的に狂っている。
「え? 待って……? デカくない……!? これって……っ!!」
駄菓子屋の奥から、真壁が子供の頃から全く見た目が変わらない看板婆ちゃんが、震える手で数珠を掴みながら、腰を抜かして泣き崩れた。
「じ、十六尺様じゃあ……!! 十六尺様が復活なされたぁぁぁ! 霊君を気に入ってしまったんじゃあぁぁ!!」
「うそ……でしょ……?」
真壁の顔から完全に血の気が引いた。
我が村に伝わる最悪の怪異、十六尺様。あの有名な八尺様の「2倍の大きさ」「2倍の怨念」、そして「2倍の執着心」を持つという絶望の存在。
子供の頃、村の長老たちが「悪い子にしてると夜中に連れて行かれるぞ」と言い聞かせてきた単なる寝物語、ただの脅し文句だと思っていた怪異が、今、目の前に現実としてそびえ立っている。
(あ……あの裏山の石碑……あれ、封印だったんじゃねぇかぁぁぁ!!!)
己の失策を呪ってももう遅い。
見上げるほどの巨躯の怪異は、その顔にドロリとした笑みを浮かべ、真壁を凝視している。
「ぽぽぽぽぽ……(霊君……ちゅき❤️)」
「いやぁぁぁぁぁぁーーーーーーっっっ!!!」
悲鳴を上げ、全力で逃げ出す真壁。しかし、十六尺様の一歩は民家の屋根を軽々とまたぐほどに大きい。逃走は一秒で破綻した。
巨大な白い手が真壁の身体を鷲掴みにし、まるで人形のように軽々と宙へと持ち上げる。
成す術もなく、地上5メートル近くの高さまで釣り上げられる真壁。
目の前には、成人男性の頭ほどもある十六尺様の巨大な唇が、肉食獣のように迫ってきていた──。




