地獄の妖怪大相撲2
寂れた社殿に地響きのような白狐の声が響く。
『烈子よ。貴様は、この者を覚えているか?』
巨大な狐の足元から、数日前に見た時よりも漂白剤のせいで若干色味が薄くなった小豆洗いが、ガタガタと怯えながら姿を現した。
課長はフンと鼻を鳴らす。
「ふん、覚えとりゃせんですな! ――あ、嘘です、はい、私がやりました」
『よろしい、正直な娘は好きだ。しかし少し乱暴が過ぎるな、烈子よ? 最近のお前の働きは、度を越して目に余る! よって、少しばかり灸を据えてやる必要があるな』
白狐の威圧感に、さしもの課長も大人しく頭を下げた――と思いきや、信じられない言葉を吐き出した。
「お言葉ですが白狐様、その為に、この『真壁』という新鮮な贄を持参して参りましたので。なにとぞ、この者の絶叫をお楽しみいただければ。はい、はい……」
(こんな下手に出てる課長初めて見たよ、ってか……え? 僕? 贄? 生贄!? え? え? 聞いてない聞いてない! ここは課長がなんか化け物達とくんずほぐれずの肉弾戦を繰り広げる的な熱い展開でしょ!? あ? えっ!?)
真壁がパニックに陥っていると、隣の栞が冷たい手際で真壁の両手に手錠をかけ、器用に社の梁へロープを投げ掛けた。
「やめてーー! 死にたくないーー! まだ童貞なのにーー! やだーー! 課長! 栞さん!」
ズリズリと上に引っ張られ、爪先立ちの状態で吊るされていく真壁。鼻水と涙と涎を撒き散らして全力の命乞いをするが、正面を見ると、白狐と課長と栞が「ケラケラ」と一緒になって笑っていた。おまけに、色落ちした小豆洗いのジジイまで一緒になって指をさして笑っている。
(一緒になって笑っているのにめちゃくちゃ腹が立つ……!)
さらに、真壁の足元には巨大な大釜が置かれ、並々と油が注がれ、薪にパチパチと景気よく火がくべられた。リアル五右衛門風呂である。油の温度がじわじわと上がっていく。
(え? 本当にここで死ぬのかな? 霊障とかじゃなくて、普通に物理の唐揚げとして死ぬの!?)
上空で真壁が油まみれの死を覚悟していると、白狐が再び声を震わせた。
『さて、烈子よ。余興(真壁)は楽しませてもらった! しかし、お前にはさらに多くの氏族からクレームが届いているのだ。小豆洗いだけではない。河童、ガシャドクロ、化け狸、さらには日本陰陽師連盟などなど……!』
白狐の黄金の目が怪しく光る。
『本来ならば万死に値する罪であるが……俺はお前が気に入った。なんなら、俺の嫁に迎えてやってもいいくらいだぞ?』
ピキッ、と社殿の空気が一瞬で静まり返った。
課長はゆっくりと顔を上げると、死装束の懐からハイライトを取り出して火をつけ、白狐に向かって傲然と言い放った。
「あぁ? 悪いが、私には畜生と『おファック』する高尚な趣味はねえよ」
そう言って、美しすぎる劇画顔のまま、土地神に向かってビシッと中指を立てた。
そのあまりの不敬さと、ブレない狂暴さに、横にいた栞は「……っ」と顔を赤らめ、うっとりとした表情で課長を見つめている。
(お願いだからこれ以上、事を荒立てないでぇぇぇ!!!)
釜の上で吊るされた真壁の絶叫が響く。
沈黙。神域が怒りで弾け飛ぶかと思われた、その瞬間。
『はっはっはーーー!!!』
白狐の大爆笑が社殿を揺らした。
『そう言うところも含めて、益々お前が欲しくなったぞ烈子! まぁいい、お前が死んだらその魂は俺が奪うとして。だが、それだけでは他の者たちの溜飲が下がらぬからな』
白狐の背後の闇から、無数の怪異たちの怪しい眼光が浮かび上がる。
『――ここに集いし怨敵の者たちと相撲を取り、見事勝てたら、今回の件はすべて不問としよう! 出てまいれ、我が荒ぶる氏族たちよ!』




