地獄のコインランドリー
「幽霊社会復帰課に入ってから、久しぶりのまともな休日だよ……。公務員なのに週7で働かされ過ぎた。給料は危険手当とかで同期の2倍あったけど……全然足りないよ……」
真壁は自宅のアパートで、ゾンビのように呟きながら溜まった洗濯物を抱えていた。だが、そんなささやかな休息の朝、追い打ちをかけるように悲劇が襲う。ガガガ、プスン……と、パンパンに詰め込んだ洗濯機が、不吉な黒煙を上げて完全に故障したのだ。
「天は我を見放したか……! いや、まだだ。この世には文明の利器、コインランドリーがある! いざ行かん!」
真壁は大きなゴミ袋に洗濯物を詰め込み、這う失意の体で近所のコインランドリーへと向かった。しかし、店舗の自動ドアの前に立った瞬間、真壁は天を仰いだ。
『本日、お休みさせていただきます』と書かれた立て札。
「……そんな気はしてたよ。お休みだってさ。24時間年中無休のコインランドリーがお休みだってさ! なんでだよ!!」
誰もいない店内の奥、ガラス越しに、一台の大型ドラム式洗濯機が激しく回転しているのが見えた。だが、中に入っているのは衣服ではない。大量の、赤黒い、小豆のような粒。そして、ガラガラ、ショキショキ……と、不気味な擦り合わせる音が店外まで響いてきた。
「ん……? あれは……?」
◇
翌日。幽霊社会復帰課の地下室。
「――っていう事がありまして、市民からの苦情として、至急保護(強制捜査)するべきだと思います」
真壁が熱弁を振るうと、デスクに足を乗せていた課長が露骨に嫌そうな顔をした。
「え? 真壁お前、じゃあ昨日洗濯してないの? クッサ! 近寄るなボケ!」
課長はこれ見よがしに鼻をつまみ、顔を背ける。
(あんたのヤニと酒の匂いに言われたくない……!)
「勘弁してくださいよぉー! で、話を戻しますけど!」
真壁が食い下がると、それを遮るように課長が冷たく言い放った。
「あぁ、それは『小豆洗い』だな。ダメだ、そいつは保護出来ねぇよ」
「え? 何でですか? 市民が困ってるんですよ? あんな小豆洗ってるジジイなんて、いつもみたいにボコボコに〆てやって、ドラム型洗濯機の中に無理やり詰め込むプランだと思ってましたよ?」
すると、課長は咥えタバコの煙を天井に吹き出し、いつもと違う、真剣で冷徹な眼差しを真壁に向けた。
「真壁、お前は勘違いしている。某ゲゲゲなアニメとかのせいで、妖怪はありふれていて、どこかユーモラスで……そんな風に思っているかもしれないがな、アレはある意味で『神』に近い存在だ。それこそ八百万の神に該当する。小豆洗いや河童、特に“水”に関する妖怪はな、大元の水神と繋がっとるんじゃ」
課長はデスクの上のレモンサワーの缶をトントンと叩く。
「そんなものに下手に手を出してみろ。河川の氾濫、あるいは大干ばつ……この地域に何が起こるか、どれくらいの被害が及ぶか、予想もつかん! よって、この眉目秀麗・頭脳明晰・文武両道の私をもってしても、おいそれと手出しは出来ん! わかったかクソボケ!」
「うっ……」
真壁は絶句した。まさか、いつもは拳で全てを解決する課長から、ここまで論理立てて「それっぽい正論」を返されるとは夢にも思っていなかったのだ。
「じゃあ……別のコインランドリーを探します……」
肩を落とす真壁に、課長はふっといつもの邪悪な笑顔に戻った。
「まぁ、そういうこっちゃな。まぁ、そういう異常事態をちゃんと報告したのは偉いぞ。ほら、コーヒーを奢ってやる」
「え、あ、ありがとうございます――」
手渡されるかと思いきや、課長は手にした缶コーヒーのフタを開け、中身を真壁の白いワイシャツに向かってバチャッ!!と豪快にぶちまけた。
「冷たっ!? うわあああ! 何するんですか課長ーっ!?」
「ガッハッハ! これでさらにクソ汚くなったな! ほら、早く別のコインランドリー行ってこい!」
ケラケラと大爆笑しながら、マイペースにレモンサワーを啜る課長。
(やっぱりこの人、ただサボりたかっただけなんじゃねぇか……!?)
「そんな事より早くシミ抜きした方が良いですよ?」
と栞さんが顔も向けずに冷徹に言い放つ
「あ、あぁーー!2枚しか持ってないワイシャツがぁぁぁぁぁ」
数日後の夜。
「あぁ、ウチの近くに他のコインランドリーが無くて、結局隣の区まで通う羽目になるとは……。洗濯機が届くまでまだ3日もあるし……。そういえば、この辺は課長のマンションが近いんだよなぁ……。ん?」
重いランドリーバッグを抱えて夜道を歩いていた真壁の耳に、聞き覚えがありすぎる、地獄の底から響くような怒声が飛び込んできた。
「おんどりゃあ! 誰に断ってウチのシマで小豆洗っとんじゃボケカスゥゥゥ!!!」
嫌な予感しかしない真壁が声のするコインランドリーを覗き込むと、そこには信じられない光景が広がっていた。
木っ端微塵にぶち破られた自動ドア。大量の小豆がぶちまけられた床。そして、誰もいない虚空に向かって、凄まじい風切り音を立てながら猛烈な殴る蹴るの暴行を加えている鬼怒川課長の姿があった。
店の端では、小豆洗いのジジイが、ガタガタと身を縮めて涙目で怯えきっている。
(あぁ、やっぱり。水神がどうとか言って、ただサボりたかっただけだったんだ……!)
真壁がすべてを察したその瞬間。
ギギギギ……と、課長が恐怖映画のような不気味な音を立てて、首だけを真壁の方へと向けた。
「まぁ~かぁ~べぇ~! そこのコンビニで日本酒を買ってこい! 1分以内だ! 走れぇ!!」
「は、はひぃぃぃ!!!」
1分後、息を切らせて戻ってきた真壁からワンカップを分捕ると、課長はそれを豪快に両手へとぶっかけた。
「小豆洗いはどこじゃ!?」
「えっと、その、課長! 神様に手を出すのは天変地異が――」
ガツン!!! ガシャン!!!
「あ゛だっ!?」
課長がノータイムで投げつけたワンカップのガラス瓶が真壁の額にクリーンヒットし、床に落ちて派手に割れた。
「……その、隅っこで、震えてます……」
額を押さえて涙目で指差す真壁。
「オンドリャクソボケジジイがぁ!!」
小豆洗いの胸ぐらを掴み上げると、プロレスさながらのネックハンギングツリーの体勢で持ち上げ、そのまま大型ドラム型洗濯機の中へと力任せに投げ込んだ。
そして、目にも留まらぬ早業でガチャンと蓋を閉め、100円玉をこれでもかと投入する。
「長時間洗濯乾燥コース、1800円じゃい!!」
「こ、こんなことして、本当に天罰とか何かあったらどうするんですか!?」
ドラムの中で「ショキショキ」ではなく「ギャアアアア」と回転し始めた洗濯機を睨みつけ、課長はフンと鼻を鳴らした。
「知るか! 私の“洗濯しながら酒とタバコを楽しむ至高の時間”を奪う奴は、神は神でも疫病神じゃい! 綺麗さっぱり洗ってやるわ! ガッハッハ!」
ゴトゴトと激しく回転する洗濯機を見つめながら、真壁は遠い目をした。
(小豆洗いの小豆を洗う音って、確か人の心を落ち着かせたり、浄化させたりするって聞いたことあるけど……この人には、そんな超常の力すら一切通じないのか……)
すると、課長はふとタバコに火をつけ、何故か少し哀愁を帯びた表情で遠くを見つめた。
「しかしなぁ真壁。最近の河川の護岸工事やら何やらで、こういう奴らの生息域が狭められて人里で問題になっているのは、何か少し悲しいな……」
(めちゃくちゃ上手くまとめようとしてるけど、さっきから液体漂白剤をドボドボと追加投入しているのを僕は見逃さなかったぞ……。強く生きてくれ、妖怪たち……!)




