地獄のコインロッカー3
「やっぱり真壁が何とかするしかないな……」
「ですね……」
庁舎へ戻る道すがら、課長と栞が当然のように視線を送ってくる。
「ですか……って、ちょっと待ってください! 僕、ロッカーに詰められるのはゴメンですよ!? 墓間田さんは奇跡のシンデレラフィットで命が助かったみたいですけど、それでもあんなおまる直結生活はゴメンですよ!?」
「何とかして、現場で実体化させないといけませんね」
栞が淡々とタブレットを叩く。
「あー、もう面倒クセェ!!!」
課長がガリガリと頭を掻きむしった。
「か、課長? なにを――」
「あぁん? 良いからお前らついて来い!」
再び、事件のあった駅のコインロッカー前。
警察の規制線の隙間を縫って、課長がずいっと進み出る。今日の課長は、怪異に警戒されないよう「優しさ全開の儚げなメイク」で、その狂暴なオーラを完全に消し去っていた。
「真壁、見えたら位置を知らせろよ?」
そう言うと、課長は件のロッカーの扉を開け、手元にあった「飲みかけのレモンサワー」と「タバコ1カートン」、そして「ジッポーライター」を中に放り込み、ガチャンと勢いよく閉めた。
5分経過。
「……チッ」
早くも課長の額に青筋が浮かび、苛立ちが隠せなくなってくる。
「あの、栞さん……課長は一体なにを? 墓間田さんの話だと、大切な物をしまってから『4日』はかかるんじゃ……」
「課長にとって、今手元からタバコと酒が消えるのは、一般人の4年間に匹敵する苦痛のようです」
10分後。
ガァァァンッ!!!
「オラァ! 早く出てこんかい!! 私が10分も大切なタバコと酒をしまい込んでやってんだぞ!? 叩き潰すぞオラァ!!」
我慢の限界を迎えた課長が、安全靴の先でロッカーの扉をガンガンと猛烈に蹴り上げ始めた。みるみるうちに鉄板の蓋がベコベコに凹んでいく。
「栞さん、この作戦は失敗です! 駅員と鉄道警察が来る前に一刻も早く帰りましょう!」
「ちょっと待って、真壁さん。聞こえる……聞こえない? 赤ん坊の鳴き声が」
「え?」
耳を澄ませてみると、確かに聞こえる。
駅の通路に響き渡る課長の怒声と、ロッカーを破壊する鈍い金属音に混じって、奥の方から「う、うわぁぁん……」という、か細い赤ん坊の泣き声が。
「課長! ここです、このロッカーです!」
「おう!」
一言、課長は凹んだ扉の隙間に両手を突っ込むと、凄まじい腕力だけで鉄の扉をメキメキと強引にこじ開けた。
「居ました! 確かにこれは赤ん坊の怪異です! ――あ、お漏らしまでして、課長の怖さにビビって逃げられなくなってるんだ……。でもこれ、倫理的にどうなんですか……?」
ロッカーの奥でガタガタと震え、恐怖のあまりお漏らしを撒き散らしている名無し様を見て、真壁は流石に同情を禁じ得なかった。
すると、課長は懐からワンカップの酒を取り出して口に含むと、霧吹きのように両掌に吹きかけ――そのまま、名無し様の赤子を優しく、しっかりと抱き上げた。
「おぉ、怖かったでちゅねぇ? もう大丈夫でちゅよぉ?」
(課長の赤ちゃん言葉、えげつないな……夢に出そう……)
真壁が戦慄している後ろでは、栞が駅員と鉄道警察に対し、スマートに職員証を提示して事情説明(事後処理)を行っていた。
数時間後、幽霊社会復帰課の地下室。
怪異を包むための専用の布に包まれ、課長の胸に抱かれたまま、名無し様は大人しく課に戻ってきていた。
「どうするんですか、その子?」
真壁の問いに、課長はいつものドスの利いた声で睨み返した。
「あん? 何も知らんのかクソボケ。この子はな、上の『幽霊成仏課』に保護してもらって、時間をかけて成仏させるんだよ! 勉強しとけタコ!」
「何にも教えてもらってないのに酷いー!」
「こんにちは、成仏課です。鬼怒川課長、それが例の?」
コンクリートの階段を下りて、一人の聖女のような微笑みを浮かべた女性が入ってきた。成仏課のトップ、聖課長である。
「おぉ、よしよし。それでは預かっていきますね?」
聖課長は名無し様を受け取ると、その頬を優しく撫でた。
「ほら、おいで? ヤニカスメスドブゴリラの胸より、こっちの方が落ち着くでしょう?」
ピキッ、と地下室の空気が凍りついた。
「おぉ、聖女の皮を被った売女さんよぉ? しっかり成仏させてやってくれや」
課長は凄まじい笑顔のまま、名無し様のおでこをツンツンと突いた。
「お前も気をつけろよ? この怖いおばさんに虐められるなよ?」
鬼怒川課長と聖課長の目が合う。バチバチバチッ!と、空間に目視できるレベルの火花が散り始めた。
「子供の目の前ですからね、ふふ。勝負はまたにしましょう? ヤニカスアル中さん」
「おぉ、チビの前だから今日は私が引いてやるよ、クソサディストビッチ課長」
「あ、あ、あ、栞さん、あれって……」
真壁がガタガタ震えながら袖を引くと、栞は無表情のまま一歩下がった。
「鬼怒川課長と聖課長は同期で犬猿の仲です。早く止めた方が良いですね。早く」
「えっ、僕が!?」
しかし、このままでは地下室が物理的に崩壊する。真壁は意を決して、火花の散る二人の間に割って入った。
「えっと、二人とも喧嘩はよしゲフォッ」
どがぁっ!!!
真壁の言葉が終わるより早く、鬼怒川課長の右ストレートと、聖課長の左ストレートが、真壁の両頬へと同時に、かつ正確に突き刺さった。
(……転属希望を出すのも、今後は命がけだな……)
宙を舞いながら、真壁の意識は急速に遠のいていった。
完全に暗転していく世界の中で、赤ん坊の元気な鳴き声と、高笑いする二人の鬼女の声だけが、いつまでも耳に残っていた。




