地獄のコインロッカー2
真壁の乗った自転車のチェーンの音が遠ざかっていくのを確認すると、二人は一瞬で元の顔に戻った。
「行ったか……。栞、良い演技だったぞ!」
「課長こそ、オスカー俳優と遜色ない名演技でしたよ」
「ガッハッハ! あいつはこういうベタな熱血展開に弱いからな! さて、発信機は……っと。うむ、ちゃんと駅に向かっとるな」
課長は手元のモニターで真壁の現在地を確認すると、のんびりとレモンサワーの缶を手に取った。
「行くぞ栞。あいつに気づかれないように――タバコをもう数本吸って、もう一缶飲んでからな!」
「はい、了解しました課長」
サドルが盗まれ、シートポストに課長の吸い殻がミチミチに詰まった公用自転車を立ち漕ぎし、なんとか駅へと到着した真壁。
しかし、駅のコインロッカー周りはすでに警察官で溢れ返っており、黄色い規制線まで張られていて近づくことすらできない状態だった。
「うーん、ちらほらと関係のない幽霊は紛れてるけど、これじゃ調査どころじゃないや……。あっそうだ! 墓間田さん! 死んでないなら連絡がつくかも?」
真壁は採用説明会の時に交換した名刺を引っ張り出し、携帯に電話番号を打ち込んで発信した。
プルルル……ガチャ。
『もしもし?』
「あの、真壁です! 真壁霊です! 説明会でお会いして、その、墓間田さんの後任として幽霊社会復帰課に勤めているんですが……」
「そうか、君が……。すまないが、今ちょっと体の調子が悪くてね。指定する場所まで来てくれないか」
そう言って伝えられた住所のマンションへと向かい、鍵の開いていた一室に入る。
「失礼します、墓間田さん……って、うわあああああ!?」
室内のリビングにいたのは、喋るスチールロッカー。いや、ロッカーに詰め込まれたままの墓間田さんだった。
「えっ……!? ま、まだ詰め込まれてたんですか!?」
『なんか医者が言うには、奇跡のハマり具合で噛み合ってるらしくてね。無理に出そうとすると血流や関節、内臓がグシャッとなって死ぬらしいんだ。だから今は右手だけ出してもらってて、来月には左手も出してもらえる予定なんだよ』
「予定って何ですかそれぇ!!」
『まぁ、コーヒーでも勝手に飲んでくれ。ほら、私は動けないからさ? w』
まったく笑えない冗談に硬直しながらも、真壁はキッチンでインスタントコーヒーを二人分淹れた。ストローをロッカーの隙間に差し込み、墓間田さんに少しずつ飲ませてあげながら、本題を切り出す。
「実は……『名無し様』について、何か知っていることを教えてほしくて……」
『名無し様か……』
墓間田さんのロッカーが、ガタガタと小刻みに震えた。
『思い出しただけで、今でも漏らしそうになるよ。あ、ちなみにロッカーの下の段に穴を開けておまるに繋げてるから、衛生面は安心してね?』
「安心できませんよ!!」
またしても笑えない冗談を喰らいつつ、真壁は静かに耳を傾けた。
『……アレは、いわゆる捨てられたロッカーベイビーたちの怨念の集合体だよ。そういう、本来なら“捨ててはいけない物”を捨てる人間たちを激しく恨んでいるんだ。今朝発見された女性も、きっと何かそういう物をロッカーに捨てちまったんだろうね』
墓間田さんは、ロッカーから突き出た右手でコーヒーのストローを弄んだ。
『俺もその法則に気づいて、なんとか奴を実体化させて鬼怒川くんにバトンタッチしようと思ったんだ。だから、死別した妻との結婚指輪を、あの駅のロッカーにしまってみた。そして保管期限を4日過ぎた頃……ロッカーの中から、赤ん坊の鳴き声が聞こえてきてね。これは? と思ってロッカーを開けたら、このザマさ。――どうだい、捜査の役に立ったかい? 鬼怒川さん、それと栞さんも』
カチャ、とリビングのドアが開いた。
「あら、バレてたか? 久しいな墓間田! 退職届を持ってカートで運ばれてきて以来だな! アレは傑作だったぞ?」
いつの間にかレモンサワーの缶を持った課長と、タブレットを構えた栞が背後に立っていた。
「家の近くに来ただけで、お二人のタバコと酒の匂い、それと凄まじい暴力のオーラで分かりましたよ……」と墓間田さんがロッカーの中で溜息をつく。
課長はガリガリと頭を掻きながら、少し真面目なトーンになった。
「まぁ良いさ。やっと話してくれたな、名無し様のこと」
『ええ、気持ちの整理もつきましたし、この新人君への就職祝いに、と思ってね』
「だとよ真壁。先輩に感謝するんだな!」
課長に背中をバシバシと叩かれ、真壁は「だったら最初から一緒に来てくださいよ!」と涙目で睨み返した。
『でも、相手は赤ん坊の怨念ですからね。鬼怒川さんが近づいたら、本能的な恐怖で逃げ出すと思うんで、上手いことやってください。……それじゃあ、そろそろ帰ってもらえますか? 少し疲れました……』
「あぁ、またな墓間田」
『出来ればもう会いたくは無いですね、烈子さん……。あ、帰る前に、そのロッカーの蓋を閉めてくれます? 暗い方が寝やすくて』
最後まで笑えないロッカー空間のジョークを喰らいつつ、真壁たちはロッカーの扉を優しくパタンと閉め、マンションの外へと出た。
すっかり夕暮れ時になった街並みを見上げながら、課長が冷たくなったレモンサワーの缶を握りつぶす。
「さて、どうしたもんか。相手が恐怖で逃げ出すとなると、ワシの力技だけじゃ分が悪いな。一度戻って作戦会議じゃ、真壁、栞!」




