地獄のコインロッカー1
昼過ぎ。幽霊社会復帰課の地下室。
朝刊を読んでいた課長が、いつも以上に険しい顔をしていた。そのただならぬ雰囲気に察知した真壁が、足音を立てずに部屋から逃げ出そうとした、その時。
シュッ、ドスッ!!!
「ひゃいっ!?」
焼き鳥の串が真壁の鼻先をミリ単位で掠め、コンクリート打ちっぱなしの壁に深々と突き刺さった。
「まずもって、何故竹製の串がコンクリートの壁に刺さるのかがわからない……!」
真壁が壁のネギを見つめて泣いていると、課長はふふんと鼻で笑ってドヤ顔を決めた。
「気合いを乗せれば爪楊枝でも出来るわボケ。……おい、戻れ」
課長はまた急に険しい顔に戻る。
「また『名無し様』が出た」
その言葉に、カタカタと激しくタイピングをしていた栞の手がピタリと止まった。
「ななしさま……?」
聞き慣れない名前に真壁が首を傾げると、課長は煙草を咥えながら言った。
「あぁ。お前の前任だった墓間田、覚えているか? 採用説明会で会ってるだろ。あいつはな、この『名無し様』を追っていて、その強力な霊障で全身の体をパッキングするように折りたたまれて、ロッカーに詰められたんだ。――まぁ、何故か生きてるがな。ぷふっ」
ブフォッ!!!
いつも冷静沈着な栞が、口に含んでいたアイスコーヒーを思いっきり吹き出した。
(普通は死ぬんだけどね、なんか墓間田さんは霊能力が強くてギリギリ助かったんだろうか?ロッカーの中から退職届を提出したらしいし……)
「ほら、朝刊のこの記事をみろ」
課長が投げ出してきた新聞には、禍々しい見出しが躍っていた。
『残忍! 駅のコインロッカーから女性の遺体発見。全身の骨を折られて詰め込まれたか? 去年から同様の事件が6件目』
「これは『名無し様』っていう祟り神レベルの怪異の仕業だ。ウチの課が長年追っているが、この眉目秀麗・頭脳明晰の私ですら実態を掴めていない。噂では、近づくと赤ん坊の鳴き声が聞こえるとか、ロッカーに『捨ててはいけない物』を捨てると現れるとかなんとか……」
そこまで一気にまくし立てると、課長は真壁をビシッと指差した。
「というわけで真壁! Go!」
「真壁さん! ファイトです!」
栞もガッツポーズで送り出そうとする。
「嫌です!!! だってちゃんとした訓練を受けたはずの墓間田さんが、折りたたまれてトラウマになって退職してるんでしょ!? 無理です無理無理無理無理!!!」
ガンッ!!!
「あだっ!?」
課長の強烈なゲンコツが頭頂部に落ちる。しかし、ここで折れたら本当に物理的に折りたたまれてロッカーに詰められる。死ぬよりマシだ。今日ばかりは真壁も折れなかった。
「絶対に嫌ですからね!」
頑なに拒否する真壁を見て、課長の表情が、ふっと悲しげなものに変わった。
「……そうか。もう6人も亡くなっているんだ……。お前が行かないというなら、やはり私が……私のこの命に代えても……」
「ダメです! そんなの、課長のただでさえ削れている寿命が保ちません!!」
すかさず栞が課長の前に立ちはだかり、悲痛な声を上げる。
「栞……しかし、私がやらねば誰が……」
茶番である。100%茶番なのだが、根が圧倒的にお人好しの真壁には効果てきめんだった。
「……っ、行きます! 僕が行きます! 僕が間違っていました! 怖くなったらすぐ逃げると思いますけど……出来るだけ、やってみます!」
真壁は涙を拭うと、地下室を飛び出していった。そのまま、駐輪場にあったサドルのない自転車に飛び乗り、お尻を浮かせた立ち漕ぎの状態で猛然と駅へと向かった。




