地獄の配属先2
しかし、ビルに到着した瞬間、真壁は猛烈な違和感に襲われた。
「あ! 来たぞ! ゴーストバスターズだ!」
「これで助かるんだな! 頼むぞ、お兄さん!」
エントランスに入るや否や、受付嬢や警備員、さらにはビルの関係者たちから、まるで救世主を迎えるかのような大歓声と拍手で迎えられたのだ。
(え? なんで? 僕はただのサドルなし自転車でやってきた不審者なのに……)
困惑する真壁の視線が、エントランスの巨大モニターに吸い寄せられた。そこに映し出されていたのは、一編の派手なCMだった。
そこには、今朝見たドブ臭い怪物とは似ても似つかない、絶世の美女――鬼怒川課長がいた。キラキラとしたエフェクトを背負い、爽やかなオレンジ色のつなぎを着て、最新鋭の掃除機を片手に満面の笑みを浮かべている。
『幽霊を見た? 霊障に困っている? そんな時は、市民の味方! 幽霊社会復帰課にお電話ください! 私たちが一網打尽にしちゃいます♡』
ウインクを飛ばす画面の中の課長を見て、真壁の顔が引きつった。
「これのせいか……!」
誇大広告にも程がある。あの地下の魔窟がこんな爽やかなわけがない。
「おい、本当にゴーストバスターズが来たぞぉ!」と盛り上がる受付たちの熱い視線を必死で掻い潜り、真壁は受付横にある巨大なパキラの観葉植物の裏へと滑り込んだ。
葉の隙間に身を隠し、半べそをかきながら、命綱を求めるように地下の課へと電話かける
長い呼び出し音の後にやっと繋がった
「あ、栞さん!? 僕です、真壁です! 大変です、なんかビル中がヒーローの到来みたいに盛り上がってて、僕、どうしたら――」
『申し訳ありません、真壁さん。今、課長をあやすのに忙しいので切ります』
「えっ、あや、えっ――」
プチッ。ツーツー。
一方的に切られた受話器を握りしめ、真壁は天を仰いだ。
(終わった……。僕の公務員人生、初日で完全に詰んだ……)
絶望の淵に立たされた真壁のポケットで、ブブブとスマホが震えた。栞からのLINEだった。
『幽霊を探して、刺激しないように部屋の四隅に渡した塩でバツ印をして結界を作り、幽霊が逃げないように監視してください。』
「……なんて的確で……テキトーなんだ……!」
真壁は鼻をすすり、半べそをかきながら、スマホをポケットに突っ込んだ。こうなったらやるしかない。彼は社員たちに向かって、引きつった営業スマイルを浮かべた。
「お、お待たせしました! 準備が整いましたので、行ってきます!」
プロっぽい嘘をついて、真壁は問題のオフィスへと足を踏み入れた。
オフィスは重苦しく淀んでいる。
そこには、コテコテの黒い影を纏った怨霊が居座っていた。怨霊が社員たちのデスクを一つ一つ回り、顔を覗き込むたびにPC画面がバグり、データが消滅していく。社員たちが悲鳴を上げて青ざめる中、真壁は懐からアナログ式の霊力探知機を取り出した。
針は怨霊の強烈な気配を察知して、壊れたかのように狂った勢いでグルグルと回り続けている。
「(……これが、僕の最初の仕事か)」
真壁は、メキシコ産の塩を握りしめ、逃げ出したい衝動をこらえながら怨霊の背後へと視線を向けた。
真壁は怨霊の目を盗み、必死の形相でオフィスの四隅にこっそりと塩で「×」印を描いて回った。なんとか結界を完成させると、意を決して怨霊の前に立つ。
「あの、すみません。幽霊社会復帰課の者です……」
「……お前、俺が見えるのか? 話ができるのか?」
怨霊の黒い影が、怪訝そうに揺らぐ。
「えぇ、まぁ。霊感だけはあるもんで……」
聞けば、この怨霊は以前このビルでブラック労働に耐えきれず、命を絶った20代の男性だった。真壁は半べそをかきながら食い下がる。
「……でしたら、その会社にイタズラすればいいのでは?」
「うぅ……でも、当時の上司が居て怖いんだ……!」
「そんな無茶苦茶な……」
その時、ビルの外でけたたましいタイヤのスキール音が鳴り響いた。ビル前に豪快に横付けされたのは、まさにゴーストバスターズのそれを彷彿とさせる、怪しい改造車。
オフィスに荒々しく踏み込んできたのは、CMで見た爽やかな姿とは程遠い、剥き出しの殺気を放つ鬼怒川課長だった。
「新人! 幽霊はどこだ!?」
「あ、えっとその、この幽霊は――」
バシンッ!!
真壁の頬に、乾いた音が響く。
「じゃかましい!場所を言え!」
真壁は涙目で、課長の右斜め前を指差した。
「は、はい……課長の右斜め前です」
課長は懐からワンカップ大関を取り出し、一口含むと、その日本酒を己の右拳に霧状に吹きかけた。鬼気迫る表情のまま、課長は右拳を振り抜く。恐ろしいオーバーヘッド気味のストレートが、幽霊の顔面を正確に捉えた。
ドォォン!と音を立てて吹き飛んだ霊体は、デスクを次々とすり抜け、そのたびにPCが煙を上げて故障していく。
逃げようとする霊体だったが、真壁が作った四隅の結界に弾かれ、デスクの上で悶絶する。
それを見るや、課長は腰から小型のハンディクリーナーを引き抜くと、逃げ惑う霊体を躊躇なくズズズッと吸い込んだ。
満足げにハンディクリーナーのスイッチを切ると、課長は自分の引き締まったケツをピシャンと叩いた。
「びっくりするほどユートピア!」
そう言い捨て、課長は颯爽とオフィスを去っていく。栞の運転する車が、オフィスビル前でホイールスピンしながら爆音を上げて走り去っていった。
取り残された真壁のポケットでスマホが震える。
LINEを確認すると、そこには短くこうあった。
『後は上手く説明して、戻ってください。』
「えっと……幽霊は、祓われました! お終いです! もう大丈夫です!」
オフィス中に歓声と拍手が響き渡る。真壁はヒーローのような扱いを受けながらも、その実、心はボロボロだった。
ビルの外へ出ると、そこにはサドルのない、無残なママチャリが待っていた。
真壁は立ち漕ぎで、夕日に向かって必死にペダルを漕ぎ出した。




