地獄の配属先1
市役所の地下、冷え切った湿気の溜まり場。「幽霊社会復帰課」の看板は半分剥がれ落ち、隙間から黒い霧のようなものが漏れ出している。
真壁は震える足で扉を叩いた。
「あ、あの……本日付けで配属になりました、新人の真壁です! よろしくお願いします!」
ドアを開けた瞬間、タバコの紫煙で視界が真っ白に染まった。
デスクの上に敷いた畳。そこに、鬼怒川烈子課長が片足を立てた胡座でふんぞり返っている。口元にはなぜか二本の煙草。左手にはストローの挿さったレモンサワーのストロングな缶が。
「あぁ? 新人だぁ?」
喉の奥から発せられたような、地を這うクソ低音ボイス。真壁の背筋が凍りつく。
部屋の隅では、事務員・此花栞が表情一つ変えず、超高速でキーボードを叩いている。カチャカチャという乾いた音が、静寂をかき乱す。
突然、デスクの上の黒電話がけたたましく鳴り響いた。課長が受話器を掴む。
「はいこちら幽霊社会復帰課です! どうしました? 幽霊ですか? 妖怪ですか? ふむふむなるほどですね? 後ほど課の者が伺いますので〜♡」
先ほどまでのドスの利いた声が嘘のように、営業スマイル全開のオクターブの高い猫なで声。その落差に真壁が絶句していると、電話を切った課長が真壁を睨みつけた。
「あぁ新人君、早速だが仕事だ! 今すぐ現場へ飛んでこい!」
「え? 僕、今日が初めてで……あの、前任者の方は? 説明会にいらした、ほら、墓間田さん……」
課長は二本の煙草を灰皿にねじ込むと、真壁の顔を真っ直ぐに見据えた。
「あぁ? 墓間田は今朝、駅のコインロッカーに体を折りたたまれた状態で発見されたからもう来ねぇよ!」
「は……?」
「ぐだぐだ言ってるとしばき倒すぞ!」
課長が指先で弾いた燃え盛るタバコが、放物線を描いて真壁の額に直撃する。
「ひぃぃいいん! ブラックだぁぁぁぁ!!」
絶叫する真壁に、栞が無表情のままスマホを突き出す。画面には
『死ぬのは仕事が終わってからにしてください。あ、この現場、怨霊が強くて前の担当者は3分で泡吹きました。頑張ってね。』
課長は机の下から、ゴミの山をかき分けてガラクタを乱雑に放り投げてきた。
「はい、これ霊力探知機! 幽霊が居たら針が動いて教えてくれる! まぁ、針が動くときは大抵、そいつに心臓を握りつぶされる直前だけどな!」
真壁が受け取ったそれは、木箱の中に方位磁針が埋め込まれたような代物だった。
「それとこれ。気休めだけど伯方の塩(メキシコ産)。たっぷり振りかけて、奴らのやる気を削いでこい」
突き出されたのは、スーパーの特売で買ったような、開封済みの塩の袋だ。
最後に課長が投げつけた一本の鍵。
「最後、これ公用車の鍵。裏手に停めてあるから、チャリで行け。……サドルは盗まれてるけどな。スタンディングで漕げばいいだろ」
「……え?」
真壁が固まっていると、課長がレモンサワーのストローを噛みちぎりながら叫んだ。
「じゃかましい!お前もコインロッカーに詰め込んでやろうか? 早く行け!」
栞が真壁の背中を、有無を言わせぬ力強さで出口へと押し出す。
真壁は、塩の袋を抱え、ポンコツ探知機を片手に、死を覚悟して市役所の駐輪場へと駆け出した。
サドルのないママチャリに跨り、文字通りの必死のスタンディング(立ち漕ぎ)で通報のあったオフィスビルへと急行した。




