地獄の温泉慰安旅行1
「お前ら! 慰安旅行じゃ!」
突然、課長の号令が地下室に響き渡った。
「え……? 今からですか? ちょっと来週なら予定があるんですけど……」
真壁が恐る恐る口を開いた瞬間。
カーン!
空になったレモンサワーのアルミ缶が、凄まじい軌道を描いて真壁の左こめかみに直撃した。
「我が課の業務より優先されるのは三等親までの葬式だけじゃい、ボケカス! お前の通夜を明日開いてやろうか? あぁん?」
「……喜んで……行き……ます……」
真壁は遠のく意識の中で、スマホの画面に映る『マッチングアプリのデート予約』をそっと閉じた。
「課長、ご安心を。着替えから何から全て用意しました。さらに、県外の宿泊許可も正規の手続きで取得済みです。今回の遠征、依頼料と出張費をダブルでぶんどれます」
栞が完璧な笑顔で、分厚いファイルを差し出した。
「よくやったぞ栞! お前が一番の右腕じゃ!」
「光栄です」
「さぁ行くぞ! 目的地は山奥の秘湯、鬼哭温泉じゃ! なんでも『社会を舐めとる幽霊ども』が、勝手に源泉を占拠してうようよ居るって話だ! 説教しに行くぞ!」
(説教……? ただの観光と、あわよくば金儲けですよね……)
真壁の心の中のツッコミも虚しく、栞の運転するド派手な幽霊社会復帰課仕様の公用車が、険しい山道を爆音を響かせて登っていく。
窓の外には、都会の喧騒とはかけ離れた、古びた温泉街が見えてきた。
山間にポツリと佇む、宿の看板。
しかし、その周辺には、明らかに人間のものではない禍々しい霊気が渦巻いている。
「ひっ……! 課長、あそこ、空気が……!」
真壁が震える横で、課長はコンシーラーのコンパクトを鏡代わりに、絶世の美女へと仕上げを施しながら鼻歌を歌う。
「おっ、いい感じに腐った匂いがしてきたのぉ。楽しみじゃのう、真壁。温泉はいいぞ。タバコの煙が霧と混ざって、極上のリラックス空間になるからな」
(それはただの空気汚染です……)




