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社会復帰課の長い一日4

ガガガガガギシャァァァアン!!!

日本陰陽師連盟・関東支部の重厚な正面ガラス扉を粉々に粉砕し、ゴーストバスターズ風にカスタムされた幽霊社会復帰課の公用車が豪快に突っ込んだ。


「な、なんだ!?」と静止を試みようとして逃げ遅れた二人の守衛が、ボンネットに跳ね上げられてロビーの床へと派手に吹き飛ばされる。

ドアが勢いよく開き、車内から三人の【鬼】が降り立った。


「ふんぬっ!」

真っ先に飛び出した聖魔子が、床でのたうち回る守衛二人のキャンタマを容赦なく踏み潰した。


「うわっ、思ったよりグニャってしました! 課長!グニャって!!」


「感想はいいからお前はさっさと真壁を探して助けろ!! キャンタマ潰して回るのは比喩というか、ワシの気合の表現じゃい! あぁめんどくさい! 栞! ワシ、このクソガキの扱い苦手かもしれん!」


烈子課長が頭を抱えると、運転席から降りた栞さんが静かに魔子に話しかける。


「はい、課長、私にお任せください。……魔子さん、これが真壁君の衣服に仕込んでいる発信機の受信機です。これで早く真壁君を救ってあげれば、後はあなたのしたい放題。あんなことやこんなことも、誰にも邪魔をされずに……ね?」


「……っ!!」

魔子はゴクリと生唾を飲み込んだ。


(邪魔をされずに、あんなことや……こんなことも……!?)

魔子の脳内に駆け巡る妄想──それは「夕暮れの河原で手を繋ぐ」「不意打ちで頬にキスをされる」という、目眩がするほど純粋でプラトニックなものだった。


しかし、ピュアすぎる妄想が限界突破した結果、魔子は顔を両手で覆って絶叫した。


「いやぁぁぁあ!! 赤ちゃん出来ちゃうううううう!!!」


「……」

流石の栞さんの眼鏡も、その重すぎる純潔さに一瞬で白く曇った。


「課長。すみません、私もこの娘の扱い、かなり難しいです」


緊迫したカチコミの現場で、三十代後半のアラフォー二人が静かに心を一つにしていた。


「なんだァ!? カチコミか!?」

「うわぁぁぁ! 幽霊社会復帰課のメスゴリラだ!! 烈子だ!烈子が出たぞ!!」

「助けてくれ! おい逃げるな! 戦え、芦尾様に殺されるぞ!?」

奥の階段から、異変を察知した下っ端陰陽師たちの群れがワラワラと湧き出てくる。


「課長、支援しますので、どうぞ気の向くままに。……ただし、一応お役所仕事ですので、命だけは獲らないようにしてくださいね」


「おう! それが一番難しい注文じゃのぅ! とりあえず、全員の顔面を一発ずつ綺麗に凹ませたるわい!」


烈子課長は四十度のレモンサワーで真っ赤になった顔でニヤリと笑うと、岩のような拳を栞さんに見せつけた。


栞さんは笑顔で公用車へと戻り、ダッシュボードにある【秘密♡】と手書きされた怪しいスイッチを押し込んだ。

ウィィィィンとモーター音を響かせ、車体の屋根が左右に展開し、中から高圧放水銃が迫り上がってくる。


「中身は、神社の手水と純米日本酒を黄金比でブレンドした特製カクテル。……ですが、威力は消防車の放水銃と全く変わりません」


無慈悲にターレットが回転し、ロビーを埋め尽くす陰陽師たちへ向けて超高圧の退魔水が噴射された。

ズドォォォォン!!!


「ぎゃあああああ!? 水圧で骨が折れるぅぅぅ!」

集まってきた下っ端たちが、まるで台風に吹き飛ばされるゴミのようにまとめて薙ぎ倒されていく。その阿鼻叫喚の隙間へと、純粋な殺意の塊──鬼怒川烈子が弾丸のように走り込んだ。


殴る、蹴る、掴んでコンクリートの柱へ叩きつける。

烈子課長の攻撃は、ただの純粋な「暴力」だった。しかも彼女はド級の零感(霊感ゼロ)であるため、陰陽師たちが必死に繰り出す式神や呪詛による精神攻撃が、一切の判定をすり抜けて「完全無効化」されてしまう。陰陽師にとって、これほどの天敵はいなかった。


ロビーに血の暴風雨が吹き荒れ、陰陽師たちの肉体が次々と床へ転がっていく。


まさにその時。

真壁の誘拐という偉大な成果に気を良くし、「これで幽霊社会復帰課も終わりだな、ふははは!」と上機嫌で高級外車のマセラティを転がして帰ってきた日本陰陽師連盟・関東支部長、芦尾道男。


車がぶち込まれた無残なエントランスと、血の海の中で下っ端を拳でシバき回し、返り血に塗れた鬼怒川烈子課長が、彼の視界に飛び込んできた。


「あ……え……?」

芦尾道男はハンドルを握ったまま、あまりの地獄絵図に完全に言葉を失い、白目を剥きかけた。


ギギギギギギ……と、血まみれの鬼怒川烈子の首だけが正確に百八十度回転し、マセラティの運転席に座る芦尾道男を捉えた。酒とヤニでくぐもって、妙にエコーのかかった地獄の底から響くような声がロビーに響き渡る。


「どーめんくぅぅん……みぃぃつけたぁぁ……」


「ぎゃあああああああ!!! 鬼怒川烈子ぉぉおおお!?」


芦尾は恐怖のあまり絶叫し、ガタガタ震える手で急いで愛車マセラティをバックギアに入れ、全力でアクセルを踏み込んだ。しかし、タイヤが激しく空転する悲鳴を上げるだけで、車体は一センチも後ろに下がらない。


いつの間にか車から降りていた栞さんの手によって、マセラティのフロントバンパーは、牽引ロープで玄関のコンクリート支柱にガッチリと繋がれていた。


「あ、あ、あ、あ、あ……」

終わった。芦尾の高級なズボンの股間が、恐怖でじわじわと濡れて温かくなっていく。


しかし、彼にはまだ「逆転の一手」があった。

人質だ。あの真壁霊を監禁している! 芦尾は必死に息を整えて車から降りると、できる限りの虚勢を張った。少し声が裏返っているが、相手は生きた天災・鬼怒川烈子だ、仕方が無い!


「い、良いのか!? お前らの大事な部下である真壁霊の身柄は、我々が預かっているんだぞ!? 今なら土下座と、慰謝料と賠償金を含む一億円の支払いで真壁を無傷で返してやる! ど、どうだ!? ……え? なんでこっちに近づいてくるの? やめて? 鬼怒川! やめろ! あ、ほんとすみません鬼怒川さん許してください!?」


一歩一歩、床の血溜まりを踏みしめながら迫り来る烈子課長。その横で、栞さんが眼鏡をクイっと直して冷静に現実を教えてあげた。


「無駄ですよ。我々からしたら、真壁さんの身柄などぶっちゃけどうでも良いというか……あの人、不幸体質の割には無駄に悪運だけは強いので放っておいてもどうにかなると思っています。つまり、全く交渉材料になりません」


「あ、あ、あばばばば!?」

人質の価値ゼロ!? 芦尾はパニックになりながら、胸元の通信用呪符を掴んで真壁を拘束しているはずの矢部へと怒号を飛ばした。


「矢部! 矢部、早く真壁をここに連れてこい! 彼を早く盾にするんだ! じゃないと私が殺される!! 矢部? 返事をしろ! 矢部! やべーーーー!? お前何してんだ!!」


その頃、支部奥の暗い倉庫内。

当の矢部広彦さんは、股間を両手で押さえて床にエビのように丸まり、声にならない悲鳴を上げながら白目を剥いて悶絶していた。


そして、魔子によって縄を切られ、無事に救出されたはずの真壁はといえば……


「真壁君! 無事!? どこも怪我してない!? あんなとこやこんなとこ、汚されてないでしょうね!?」


と完全に暴走した魔子によって、全身をペタペタ、ペタペタと執拗に触りまくられるという、思春期特有の狂った求愛行動(本人は生存確認のつもり)を受けてカチコチに固まっていた。


(課長、栞さん、早く助けて……。僕の純潔と貞操が、怪異じゃなくて身内の手によって今まさに未曾有のピンチです……!)


◇

ロビーでは、完全に勝負が決していた。


「頼みの綱のインチキ陰陽師(矢部)も、完全に潰されたようじゃのう? ――栞、アレを」


「はい、課長」

栞さんが手渡したのは、側面にデカデカと【海軍魂 精神注入棒】と焼き印が押された、重量4キログラムの重厚な六角樫木刀であった。


「芦尾〜ワシの休日に色々と姑息な権謀術数、ご苦労様じゃったのぅ? ほれ、そこの壁に手をついて、足を肩幅に広げてケツを突き出して、奥歯をガタガタ言わせて歯を食いしばれ。……良い音が鳴って、良い声で鳴けたら、一発で終わらせてやるからさぁ? あ゛ん?」


有無を言わせぬ絶対的な暴力のオーラ。

蘆屋道満の血筋というプライドも、マセラティの輝きも、その前には一切通用しなかった。芦尾は涙を流しながら、言われるがままに壁に手をつき、お尻を突き出すしかなかった。


空気を切り裂き、全盛期の広島の4番江藤を彷彿とさせる完璧なフォームで振り抜かれた一撃。


「ひぎゃああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!」


芦尾道男の放った悲鳴は、それはそれは甲高く、日曜日の静かな町内一帯に響き渡ったという。



◇数日後。


都内の病院。お尻への凄まじい打撃により、ベッドの上にうつ伏せになり、情けなくお尻を上にした状態で入院生活を送る芦尾道男の元へ、一通の速達が届いた。


「な、なんだこれは……」

芦尾が震える手で封を切ると、そこにはお馴染みの、地獄からの請求書が入っていた。


【内容証明】


幽霊社会復帰課職員 休日出勤・超過勤務代金:890万円


鬼怒川烈子への精神的慰謝料:1,000万円


幽霊成仏課 聖魔子 休日出勤代:10万円


合計:一千九百万円也


「い、いくぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」


芦尾道男はガクガクと震え、白目を剥いてそのままベッドの上で卒倒した。

その隣のベッドでは、魔子に股間を完膚なきまでに踏み潰された矢部広彦さんが、大人用の大きなオムツを穿かされ、シクシクとさめざめ泣き崩れていた。


「おのれ……おのれ幽霊社会復帰課めぇぇぇ……! 覚えていろ! 次こそは、次こそは必ず、ギャフンと言わせてやるからなァァァアアアッッッ!!!」


日本陰陽師連盟の血を吐くような呪詛が響く中、幽霊社会復帰課の完全無欠の勝利で、幕を閉じるのだった。

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