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悪役令嬢のはずが、悪役になる前に剣聖になっていた  作者: 玉響すばる


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幕間 ゴルド、断星に対して大満足する。レオノーラが地竜ごと山を斬り、それでも本気の斬撃に耐えたのだから鍛冶師としては本望でしかない件

 鍛冶師には、いくつかの種類がある。


 金になる仕事を好む者。

 名を残すことを望む者。

 注文通りを何より尊ぶ者。

 そして、ごく稀に。


 とんでもない使い手に、自分の打ったものがどこまで耐えるかを見たくてたまらない者。


 ゴルドは、最後の類だった。


「……は?」


 その日、工房へ飛び込んできたのは、息を切らした若い職人だった。


「親方!」


「うるせえ」


「地竜を!」


「落ち着け」


「レオノーラが!」


「だから落ち着けと言ってる」


 ゴルドは火床の前から動かず、眉間に皺を寄せた。


「順に言え」


「はい!」


 だが若い職人は、まったく順になっていなかった。


「地竜を討って!」


「ええ」


「山が斬れて!」


「は?」


「でも断星は無事で!」


 そこで、ゴルドの手が止まった。


 今、最後に何と言った。


「……もう一回言え」


「はい!」


 若い職人は、今度こそ頑張って順に説明した。


 公爵領山岳地。

 地竜出現。

 レオノーラ出陣。

 本気の一撃。

 地竜討伐。

 ついでに山腹の一部が斬れた。

 しかし断星は無事。


 そこまで聞いたところで、工房の空気が少し止まった。


 弟子たちが親方を見る。

 親方は、しばらく黙っていた。


 そして。


「……くく」


 笑った。


 最初は低く。

 次第に肩を揺らし。

 最後には、工房中に響くように笑った。


「親方?」


「何だ、その顔は坊主ども」


 ゴルドはまだ笑っている。


「いや」


 弟子の一人が言う。


「普通、山が斬れたって聞いたら、もっとこう、顔色とか変わるかと」


「変わってるだろうが」


「どっちかっていうと、機嫌良さそうな方に」


「そうだよ」


 ゴルドは即答した。


 それから、ひどく良い顔で言った。


「大満足だ」


 弟子たちが黙る。


「どうしてです」


「どうしても何もあるか」


 ゴルドは立ち上がった。

 火の照り返しの中で、その目だけが妙にぎらついている。


「断星は、あいつの今の剣だ」


「ええ」


「ただの大剣じゃねえ」


「ええ」


「今のレオノーラが、本気で振った時に、どこまで追いつけるか」


「ええ」


「そこを見に行くために打った」


 短い沈黙。


 それから、ゴルドは拳で作業台を軽く叩いた。


「地竜ごと山を斬った」


「ええ」


「それでも断星は耐えた」


「ええ」


「だったら鍛冶師としては本望だろうが」


 その一言は、工房の誰にも否定できなかった。


 山が斬れた。

 普通なら問題だ。

 かなり問題だ。

 だがゴルドの視点では、まずそこではない。


 あのレオノーラが、久しぶりに本気を出した。

 その斬撃を、断星が受け止めた。


 それがすべてだった。


「親方」


「何だ」


「でも、“山まで斬れた”はだいぶ危なくないですか」


 弟子のもっともな問いに、ゴルドは鼻を鳴らした。


「危ないに決まってる」


「じゃあ」


「だが、剣が負けた話じゃねえ」


「ええ」


「使い手が、本気で振って、まだ出力を少し持て余してるって話だ」


 その整理は、ひどく鍛冶師らしかった。


「つまり」


 ゴルドは続ける。


「断星が足りなかったんじゃねえ」


「ええ」


「断星は、あの一撃に耐えた」


「ええ」


「だったら合格だ」


「合格、ですか」


「大合格だよ」


 そう言い切る顔に、迷いはなかった。


「竜を斬った」


「ええ」


「山も少し斬れた」


「ええ」


「それでも剣身が生きてる」


「ええ」


「鍛冶師がこれ以上、何を望む」


 その問いに、弟子たちはすぐには答えられなかった。


 しばらくして、年長の職人がぽつりと言う。


「……銘が生きた、ってことですかね」


 ゴルドは、そこで少しだけ笑みを深くした。


「そうだ」


「断星だ」


「星を断つなんて大層な名を入れた」


「ええ」


「だったら、地竜を断ち、ついでに山肌まで裂くくらいはやってもらわねえとな」


 だいぶ無茶苦茶だった。

 だが、今の工房では誰もそれを突っ込まなかった。


「親方」


「何だ」


「レオノーラ様には、何て伝えるんです」


「決まってる」


 ゴルドは顎を上げた。


「よくやった、だ」


「山まで斬ったのに?」


「山まで斬ったからだ」


 さらに続ける。


「ただし」


「ええ」


「次は、山を斬るなとも言う」


 工房の空気が、そこで少しだけ和んだ。


「やっぱり、そこは言うんですね」


「当たり前だ」


「どうしてです」


「剣が耐えたのは嬉しい」


「ええ」


「だが、使い手が出力を持て余してるなら、次はそこを詰める番だ」


 それはもう、鍛冶の話だけではなかった。

 剣と使い手の噛み合わせ。

 出力と制御。

 耐えるだけでなく、使い切るための次。


「第二案、第三案に繋がりますか」


 弟子の一人が問う。


 ゴルドは即答しなかった。

 少しだけ考え、それから言う。


「繋がる」


「ええ」


「だが、まだ今すぐじゃねえ」


「どうしてです」


「今の話は、“断星が足りなかった”じゃねえからだ」


 そこが大事だった。


「今の剣は耐えた」


「ええ」


「今の使い手も討った」


「ええ」


「なら次に詰めるのは、“もっと強い剣が要る”じゃねえ」


「ええ」


「“本気の一撃を、どこまで世界に漏らさず収められるか”だ」


 それは、まさしくレオノーラが今向き合うべき課題そのものだった。


「親方」


「何だ」


「それ、本人に言うんですか」


「言う」


「そのまま?」


「そのままだ」


「“山まで斬れて嬉しいが、次は山を斬るな”って?」


「そのままでいい」


 弟子たちは少し笑った。

 だが、たぶんそれが一番伝わる。


 その日の夕方、工房の奥でゴルドは一人、断星の予備記録を見ていた。

 素材。

 重心。

 組み。

 刃の通し。


 自分が打ったものが、地竜の首を断ち、その先まで届いた。

 しかも折れず、割れず、逃げず、耐えた。


「……上出来だ」


 小さくそう呟く。


 鍛冶師にとって、自分の打った剣が美しいだけでは足りない。

 強いだけでも足りない。

 本当に欲しいのは、使い手が命を預けた瞬間に、裏切らないことだ。


 断星は、それをやった。


 しかも相手はレオノーラだ。

 あの無茶を、理屈で押し通し、必要なら本気で世界ごと斬りに行く女だ。


 その本気の斬撃に、断星は耐えた。


「本望だろうがよ」


 誰に言うでもなく、ゴルドは笑う。


 山が斬れたこと自体は、まあ、あとで少し叱ればいい。

 工房の親方としてではなく、あいつに剣を渡した鍛冶師として、そこは言うべきだ。


 だが、それとこれとは別だ。


 鍛冶師の本懐は、使い手の本気に、自分の打ったものが応えること。


 その一点に尽きる。


 ならば今日は、笑っていい日だった。


「坊主ども!」


 親方の声が飛ぶ。


「はい!」


「火を少し強めろ」


「何か打つんですか」


「当たり前だ」


「何を?」


 ゴルドは、にやりと笑った。


「次の“耐える”を考えるに決まってるだろうが」


 その顔を見て、弟子たちは思った。


 親方は今、ひどく機嫌がいい。

 そして、そういう時の親方はだいたい面倒なものを作り始める。


 けれどそれでいいのだろう、とも思った。


 地竜を斬り。

 山を斬り。

 それでも剣が生き残った。


 その事実は、鍛冶場の火を、また一段だけ熱くするには十分すぎた。

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