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悪役令嬢のはずが、悪役になる前に剣聖になっていた  作者: 玉響すばる


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第83話 地竜を討ったあとですのに、山と戦果と報告の整理まであるのですから本当に休暇ではございませんわね

 夏はまだ始まったばかりなのに、本当に休む暇がございませんわね。


 そう思いながらも、レオノーラの目は、もう次に見るべきものを探していた。


 地竜は討った。

 だが、討っただけで終わる話ではない。


 崩れた山。

 変わった採石道。

 戦果の切り分け。

 負傷者の搬送。

 領内への報告。


 むしろ、ここからの方が長い。


「お姉様」


「何かしら」


「今、少しだけ嫌そうな顔をなさいました」


 クラウスが静かに言う。


「嫌ですもの」


「討伐の直後なのに?」


「討伐の直後だからですわ」


 レオノーラは崩れた山腹を見た。


「斬ること自体は終わりました」


「ええ」


「ですが、斬った結果の整理は終わっておりませんもの」


「なるほど」


「つまり、ここからは“剣の時間”ではなく“領地の時間”ですわ」


 その言い方に、クラウスが少しだけ目を細めた。


「かなり、お父様寄りの発想ですね」


「そうかしら」


「ええ」


 それはたぶん、悪いことではない。


 ガルムが戻ってきた。

 土埃に加えて、今度は血の気配も少しだけ付いている。

 現場を回っていたのだろう。


「レオノーラ様」


「何かしら」


「崩落線の一次確認が終わりました」


「ええ」


「採石道は片側のみ通行可」


「ええ」


「ただし大型荷車はしばらく無理です」


「妥当ですわね」


「さらに」


 ガルムは地図を広げた。


「こちらの斜面が、新たに割れています」


「……ああ」


 断星の通った線だった。


「雨が入ると、次で落ちます」


「応急で布と土嚢を」


「すでに」


「結構ですわ」


 レオノーラは視線を地図に落としたまま問う。


「人の動線は?」


「今はこの仮線へ」


「ええ」


「薬草採取と採石の道を、しばらく分けます」


「その方が安全ですわね」


「はい」


 そこまで聞いて、レオノーラは少しだけ息を吐いた。


 少なくとも、騎士団はもう動いている。

 ならば全部を自分で抱える必要はない。


「お姉様」


「何かしら」


「少しだけ安心しましたね」


 クラウスの指摘は鋭かった。


「ええ」


「どうして?」


「ちゃんと回る方々が居るのだと、見えましたもの」


 それは今学期、学院でずっと学んだことでもあった。

 強い者が全部をやるのではない。

 むしろ、全部を自分だけで抱え込む方が歪む。


「騎士団長」


「はい」


「わたくしが見るべきものを絞りますわ」


「承知しました」


「まず」


 レオノーラは指を二本立てた。


「戦果の切り分け」


「はい」


「それと、崩落線で“今すぐ追加で切るべき場所”があるかどうか」


 ガルムの目がわずかに動く。


「追加で、ですか」


「ええ」


「今の崩れ方によっては、半端に残る方が危険な岩がありますもの」


「……なるほど」


「残す方が危険なら、今のうちに落とします」


 それは、戦った者にしか出てこない発想だった。

 壊した責任を、壊しっぱなしでは終わらせない判断でもある。


「現地をもう一度見ますか」


「ええ」


「ですが、今度は“討つ目”ではなく“崩す目”で」


「承知しました」


 解体場では、すでに地竜の切り分けが始まっていた。

 大きい。

 重い。

 だが、騎士団にもこういう時の手順はある。


 血抜き。

 竜晶の分離。

 骨の保護。

 鱗の剥ぎ取り。

 肉の仕分け。


 レオノーラは、そこへ近づいてしばらく黙って見た。


「……丁寧ですわね」


 思わずそう言うと、作業していた年長の騎士が少しだけ顔を上げた。


「無駄にはできませんので」


「ええ」


「特に肉は、今回はかなり良い部位が残っています」


「そうでしょうね」


「焼いても食えますし、干し肉にも回せます」


 その返答に、レオノーラは少しだけ頷いた。


「でしたらなおさら、雑にしては駄目ですわ」


「はい」


 ガルムが横から補足する。


「領内へ回す分は、騎士団でまず一次処理」


「ええ」


「そのあと保存と配分へ」


「村ごと?」


「まずは山寄りの区域を優先します」


 それも自然だった。

 地竜の危険に近かった者ほど、還元も先に回る方が納まりがいい。


「よろしいですわ」


「レオノーラ様のお取り分は、別にしますか」


「竜晶と骨、それから鱗は必要分だけ分けて」


「ええ」


「肉は」


 レオノーラは少しだけ考えた。


「少量だけ、家へ」


「料理長に?」


「ええ」


「味を見たいですもの」


 ガルムが、一瞬だけ黙った。


「……承知しました」


 クラウスが横で小さく言う。


「お姉様」


「何かしら」


「今、少しだけ休暇らしいことを仰いました」


「そうかしら」


「ええ」


「竜肉を味見したい、はだいぶ休暇寄りです」


「それは良かったですわね」


 とはいえ、その肉はたぶん普通の食材よりよほど面倒なのだが。


 崩落線の再確認へ向かう。


 先ほど戦った場所の少し上。

 今度は断星を抜かず、地形だけを見る。


「ここですわね」


 レオノーラは一箇所を指した。


 半分だけ割れて残った岩棚。

 今は留まっている。

 だが雨か、次の揺れで落ちる。


「落としますか」


 ガルムが問う。


「ええ」


「ただし、人を引いてから」


「承知しました」


「わたくしがやりますわ」


「……お願いできますか」


「ええ」


 今度は本気ではない。

 必要なだけ。

 余分に山を切らないよう、線を定める。


 断星を抜く。


 さきほどよりも軽い。

 いや、違う。

 こちらが軽く扱っているのだ。


 一閃。


 岩棚の根元だけを断つ。


 短い音。

 落ちる。

 それで終わり。


 ガルムが、その落ち方を見て静かに言った。


「……今のは、山を斬ったようには見えませんでした」


「どういう意味かしら」


「必要な分だけ、でした」


 レオノーラは少しだけ断星を見た。


「ええ」


「今日は、そのつもりですもの」


 その言葉は、自分自身への確認でもあった。


 さっきの本気。

 あの一撃。

 あれが悪いわけではない。

 必要だった。

 だが、常にあれで良いわけではない。


 出すべき時と、抑えるべき時。

 切るべき量と、残すべき量。


 結局それも、今学期ずっと考えてきた“どこで止まるか”の延長なのかもしれない。


「お姉様」


「何かしら」


「今日は、本当に色々つながっていますね」


 クラウスが言った。


「ええ」


「学院で考えていたこと」


「ええ」


「工房で整えたこと」


「ええ」


「森で削ったこと」


「ええ」


「全部が、今ここへ」


 レオノーラは、それに小さく頷いた。


「そうですわね」


「面倒ですけれど」


「ええ」


「悪くはありません」


 その後、報告は一つずつ形になっていった。


 地竜討伐成功。

 死者なし。

 負傷者は増加なし。

 採石道は一部制限。

 崩落線は再設定。

 戦果確保。

 素材配分は領内還元優先。


 ガルムがそれをまとめ、伝令が走る。


「これで、ひとまず現地の初動は終わりです」


 ガルムが言った。


「ええ」


「ありがとうございました」


「どういたしまして」


「ただし」


「何かしら」


「公爵閣下へのご報告は、少し言葉を選ばれた方がよろしいかと」


「どうして?」


「“山が結構変わりました”は、正確ですが少し軽い」


 クラウスが横で小さく咳払いをした。


「たしかに」


「では?」


 レオノーラが問う。


 ガルムは、ほんの少しだけ考えてから言った。


「“討伐は成功、ただし斬撃の余波により山腹の一部地形に顕著な変化あり”あたりでしょうか」


 レオノーラは数秒黙った。


「……だいぶ公文書寄りですわね」


「閣下相手ですので」


「ええ」


「その方が被害が少ないかと」


 それはたぶん、その通りだった。


 日が少し傾き始めた頃、レオノーラはようやく馬車へ戻った。

 断星を下ろし、少しだけ深く座る。


「お姉様」


「何かしら」


「今日は、討伐よりその後の方が長かったですね」


「ええ」


「そういうものですわ」


「どうして?」


「斬るのは一瞬ですもの」


「ええ」


「ですが、守るのも返すのも、その後の方が長い」


 その言葉に、クラウスは静かに頷いた。


 夏の休暇。

 その三日目は、結局まったく休暇らしくなかった。

 だが、領地のために必要なことをした実感だけは、確かに残っている。


 レオノーラは窓の外を見た。


 変わった山の線。

 動く騎士団。

 切り分けられる戦果。

 その全部が、今の自分の行いの結果だ。


「……本当に、面倒ですわね」


 小さくそう呟く。


 だがその面倒を、自分で引き受けるだけの理由が、今はちゃんとあった。

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