序章:攻防
オレは軽く腰を落として、身構えながらも小川ネイムを観察する。
首周りはもう、元の色に戻っていた。
「何だよあれ!もう治ってるのか?汚ったねぇな!」
「自己修復だよ」
と、ベーグル。そして様々な解説を続ける。
念話なので、一瞬なのだが、その内容を要約するとこんな感じだ。
こちらの生物のDNAのようにヤツラも全身に情報を持っている。
なので、多少捕食したぐらいでは自己修復してしまうのだそうだ。
「じゃあ、何秒押さえつければいい」
「時間の概念がこちらは違うんだけどな。キミの感覚で10秒ぐらいだ」
「10秒!KOすりゃいいんだな!」
オレは先手必勝とばかりに踏み込んで右ストレートを放った。
小川ネイムの鼻っ柱にクリーンヒット!
続けて返しの左フックが空を切る。
「やべっ!」
体勢を崩したオレに対して、例のヤツメウナギのような大口を開ける。
咄嗟にオレはよろけながら体を躱し、そのまま背を向けて走り抜けた。そして振り返って、再度身構える。
「片手じゃ無理だ。お前、分裂出来ないのか?」
「なるほど。良い考えだ」
「出来るのか?!」
思い付きで毒づいただけなのだが、意外にベーグルが乗って来たので声が裏返る。そんなことは気にもせず、ベーグルは続けた。
「随分ネイムを捕食したので、『情報』が溜まっている。それを利用して、ヤツらに接触できるような媒体ぐらいは作れるかもしれない。左手を開いてくれ」
言われるままに左手を開くと、徐々に黒い膜で覆われてくる。
「これで左手でも接触できる。今の手持ちの『情報』じゃこれが限界だ。それから左は、あくまで接触だけ。捕食は本体でしか出来ないから気を付け・・・」
と言ってる間に小川ネイムが、飛び込んで右ストレートを打って来た。
さっきのオレの動作を学習したのかもしれない。
オレは咄嗟にそれを左にサイドステップしつつ、左ストレートを放つ。
ヤツの目にヒット。
確かな手ごたえがある!
どうもヤツには防御と言う概念が薄いらしい。
「行ける!」
オレは続けざまに左右のパンチを連打した。
人の顔を殴るのは、高校のボクシング部以来だ。しかも素手で殴るのは初めての体験。顔が小川部長なのでスカッとするかと思いきや、これはこれで、あまり気分の良いもんじゃないから不思議なもんだ。
・・・と、そんなことが頭に過ったその時。
「頼むよ」
小川ネイムが言った。
「は?」
「こっちはこっちで大変なんだ」
「はぁ?」
「私の指示不足です。モウシワケアリマせん。指示不足デす。シジ不足でぇス。しーじBソクDす」
「てめぇ!!!!!!!!?!」
イラついて大振りになった右手首を掴まれた。
続いて左手首も。
これは、かなりマズイ。
両手を抑えられたまま、またヤツは大口を開けた。
オレはなんとか掴まれた腕を押し返すように距離を取る。
合気道家なら両手を掴まれたまま投げてしまえるのだろうが、生憎オレにそんな技術は無い。
何度か掴まれたまま押し返したり捻ったりして見ても、体勢を崩すまでも至らない。
せめてこのまま蹴りが当たれば・・・
と、思うと同時に体が動いてしまった。
咄嗟に放った足払いは当然すり抜ける。
「痛って!」
それを学習した小川ネイムが足払いを放つ。見様見真似なので、足払いと言うかローキックだ。
二発、三発、
両手首を握られたまま続けざまにローキックを食らったオレはたまらずよろける。
このまま後ろに押し倒されるのだけはマズイ。
そう思って必死にたたらを踏むと、それが偶然空気投げのような形になり、勢い余った小川ネイムが飛んで行った。
一旦距離を取って再度睨み合いの形になる。
今の攻防で一つ発見があった。
こちらから掴まなくても、向こうから掴まれれば、そこを拠点に物理作用が働くようだ。
偶然ではあるが、触れずにヤツを投げることが出来た。
そう思った時、ある作戦が閃いた。
しかし、この作戦を実行するには一つの壁がある。
にじり寄る小川ネイムから視線を外さないようにしつつ、様々なことが脳裏を巡っていた。




