異界とは:プレジデント
黒猫は人型のまま螺旋階段を降りて行く。
それに従って降りると、天井の蓋が自然に閉じた。
蓋が閉じられても別段暗くなる様子はない。
そういえば異界で太陽らしきものは見たことがない。光による視覚とはまた別の仕組みで空間認識しているのかもしれない。
そう考えると、建造物や設備がのっぺり見えるのも、なんとなく理解できる。
生物が比較的はっきり見えるのは、生物が活動する際に生じる何らかの情報を捉えているのかもしれない。
おそらく人間が作った建造物は、この層の住人にとって、意味のある情報が少ないのだろう。
そんなことを考えているうちに螺旋階段が終わり、通路に出る。
それほど長くはない通路だ。
突き当りに扉が見える。その扉にはマンホールにあったものと同じような紋様が合った。
「ここだ」
ノックもせず黒猫が開けた。
広めのリビングほどの広さで、奥に肖像画のようなものが飾ってある。他は家具類が何もない、ガランとした部屋だった。
ただし、その床には、おびただしい数の黒猫がいる。
「この形状が一番機能的なのだよ。少し待ちたまえ。すぐに準備をする」
人型の黒猫がそう言うと、床の黒猫たちが無言で集まった。そして融合し、一台のテーブルと二脚の椅子になる。それらはマンホールや扉と同じく、細かい紋様で飾られていた。
(階段やマンホールもひょっとして……)
そんなことを考えていると、人型の黒猫は肖像画の前に立った。
「紹介しよう。プレジデントだ」
そう言うと黒猫は肖像画に触れる。
「どういうことだ?リモート会議でもするのか?」
「何を言っている?プレジデントはここにいるではないか」
オレは意味が分からず、改めて肖像画を凝視した。
「?!」
肖像画が歪んでいる。
抽象画のようになっており、もうそこに人の姿は見て取れない。
「ようこそ!」
声がした。黒猫の方からだ。しかしそれまでの黒猫とは声が違う。
いつの間にか黒猫は人間の中年男性のような風貌になっていた。
「私がプレジデントだ」
中年男性が言った。
記憶を辿れば、肖像画に描かれた人物に似ているような気がする。
色合いがモノクロームなこと以外、姿形はまるで人間。牙も生えてなければ角もない。耳が尖ったりもしていない。
顔はアジア系のようにも見えるし、中東系に見えなくもない。特に美形でもなければ醜悪でもない風貌で、正直あまり特徴が無い。一度見ただけでは覚えない類の顔だ。
唯一の分かりやすい特徴といえば、少し時代がかった軍服のようなものを着ていることだ。
「まぁ、かけたまえ」
とプレジデント。
オレは、この椅子の成り立ちを見ているので少し躊躇しつつも、おそるおそる腰かけた。
幸い、座り心地は普通の椅子だった。
オレが座るのを見てプレジデントも向かい合う位置に座る。
そして言った。
「それでは約束通り真実を話そう。御覧の通り我々は平和的な種族だ。貴殿をたぶらかしているウィッチこそが、侵略者なのだ」
(アイスブレイクの一つもなく、いきなり本題かよ……)
見た目は会社にいそうな中年故に、会話の組立に違和感を感じる。
やはりコイツは人間ではないし、これは商談ではないんだと気を引き締めつつ、オレは話を聞くことにした。




