疑念:猫
「いきなりすまないね」
足元から声がした。
黒猫がいた。
「『挨拶』には気付いてくれたようだね。しかし、見事な修復だ。さすがは『ウィッチ』と言わざるを得ない」
黒猫は、独り言のように呟きながらテーブルに飛び乗った。
そこで目が合う。
猫は猫なのだが、不気味の谷の狭間にいるような猫だった。
今程洗練される前のCGのような不自然さが、動きや毛並みや光沢感から感じられる。
「七海……なのか?」
オレの質問に対し、ヤツは一瞬首をかしげ、そして乾いた笑いを上げた。
「まさか。あのニンゲンは中継に利用しただけさ」
少し高圧的なもの言いが鼻につく。
「利用だと?」
「そう。イズミを通して撒いた種の一つ」
「和泉もお前の仕業なのか?」
「イズミは幹部候補だった。幹部といっても中間管理職止まりだがね」
話が微妙に噛み合わない。
「なぁ、黒猫」
オレはある仮説を元に話しかけた。
「ネコの形をしているのは間違いないが、この世界には黒猫しかいない」
というのがヤツの答え。
どうもコイツはベーグルのように念話ではなく、言葉で話しているようだ。なぜなら先の質問の際にオレは「要件はなんだ?」と念じていたから。
「要件は何だ?」
改めてオレは聞いた。
黒猫は動かない瞳でこちらを凝視したまま、牙を覗かせる笑みを浮かべた。
「いい心掛けだ。要件は3つある」
黒猫は片手を上げた。これは人が3本指を立てる仕草を模したのだろうと、しばらくして気付いた。
よく見ると爪が3本だけ伸びているからだ。
(分かりづらいな……)
と思いつつ、突っ込みは入れずにヤツの話を聞くことにした。
「一つは同胞の虐殺を止めたまえ。我々は平和的な種族だ。貴殿らとも完璧に共存している。同胞を傷付けられるいわれはない」
随分上からの物言いだ。
「共存だって?実害出ているがな」
オレは反論する。
「局所的にそう見えるだけだ。ウイルスと同じ。大局では些末なこと。むしろ恩恵もある」
「恩恵とは?」
「ウイルスと同じ。試練は進化の刺激になる」
「試練だって?随分偉そうだな。ならばオレがやったこともお前らにとって試練でいいだろ。お互い様だ」
「そんな話をしに来たのではない」
黒猫は、はぐらかす。まるで子供の喧嘩のような論法だ。
やはり、コイツは所々話が噛み合わない。
「じゃあ、どんな話だよ」
努めて冷静にオレは聞いた。
「うむ」
黒猫の瞳孔が細くなった。いわゆる猫の瞳だ。
「様々誤解があるようだ」
黒猫は、自分一人が納得したように二度三度頷いた。
「場を改めよう。貴殿を執務室に招待する。プレジデントと直接話せるよう調整してやろう」
「情報量が多いな」
そもそもプレジデントって誰だ?文字通りならコイツらの大統領か?
「それは、プレジデントと話せばよい」
だから、そのプレジデントが誰か知らないんだって……
しかし黒猫は、そんなオレの様子を意に介さずテーブルから飛び降りた。
もう、あまり話すのは億劫だと露骨に態度に示し、話を切り上げる素振りだ。
そして、背を向けて歩き出し、姿が薄れていく。
「そうそう!」
一瞬で黒猫の姿が元に戻る。
「今日の話、ウィッチに相談するのは自由だが、それが良い結果を招くとは限らないことは承知したまえ」
黒猫は振り返って言った。
「どういうことだ?」
「ヤツは貴殿に全てを話していない」
「……」
「思い当たる節があるようだね。誠実でない相手との取引はリスクを伴うことは、優秀な貴殿なら分かるはずだ」
「ウィッチとはベーグルのことか?」
「貴殿はウィッチと関わっているはずだ」
「いや、答えになってないって」
「そろそろ時間だ。貴殿の為に無理をしたので随分力を使ってしまった。日時は追って指定する」
黒猫がそう言うと、今度は問答無用とばかりに眩暈がする。
たまらず目を閉じると、スッと頭からモヤがぬけるような感触があった。
目を開けると世界に色が戻っている。
それに慣らす為に、オレは何度も強く瞬きをした。
「どうしたんですか?コンタクトでもズレました?」
七海の声がした。
トイレから帰ってきたようだ。
随分黒猫と会話していた気がするが、こちらではあまり時間が経っていないようだった。
しかし……要件は3つあるんじゃなかったのだろうか?
相当なもやもやを残しつつも、なんとか七海に悟られないよう会話を取り繕った。
なんにせよ、彼女に対する疑いが晴れたことだけが収穫だったと言える。




