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疑念:普段のままで

 翌日、出勤するとまず七海が声をかけて来る。

「おはようございます。土曜はありがとうございました!」

「おう、おはよう」

 オレはなるべく普段通りを意識して答えた。


 ベーグルには探りを入れるように言われているが、いったいどうしろというんだ。


「なんか、最近2人仲いいですね。付き合っちゃえば?というか、もう付き合ってる?」

 と、双葉がからかってくる。

 学生じゃあるまいし……と思いつつ、いまだにこう言う場合の上手い対処法を知らない。

 オレは、ただ困って七海を見る。


 七海は、一度オレに対して(すみません)とバツが悪そうな顔をした後、「うぜぇ、そういうイジりすんな!」と双葉に肩パンチをした。

 双葉は「悪りぃ」とだけ言って笑い飛ばし、その場はそれで終わる。


 その後しばらくして至急な案件が入り、昼食は一人で立ち食い蕎麦で済ませた。社員食堂では誰かにつかまって話し込んでしまう場合があるからだ。

 15時に七海と双葉から食堂で休憩しないかと誘われたが、それも案件を理由に断る。


「何か手伝うことあります?」

 その様子を見て七海が言ってきた。

「そうだな……」

 と、考える。前の職場のクセで、あまり人に作業を手伝ってもらうのは得意でない。あの時は頼むとかえって時間がかかったから。

 しかし、もう、そう言う環境ではないので、自分も変わらなくてはと思う。

 

「やっぱり、私じゃ役に立たないですかね……」

 オレが思案していると、七海が力なくそう言った。

「いや!今は無いけど、もうすぐ修正モジュールが仕上がる。そうしたらテストを手伝ってくれると助かる」

 オレは反射的に言ってしまった。

「分かりました。じゃあ、それまで資料を読み込んでおきます」

 七海はキビキビと席に戻る。


 結局、そこから作業が一段落する頃には定時を大きく過ぎていた。

 残っているのはオレと七海。定時を区切りに帰っていいと一旦伝えたが、最後まで残ってくれた。


 これは好意なのか、仕事に対する意識なのか、それとも……


 嫌なことが頭をかすめる。

 七海もベーグルのような端末を持っていて、裏で何か暗躍を……そんな想像が脳裏をよぎっては消した。


 必然、言葉数は少なくなる。

 黙々と就業点検をして、電気を消し、フロアを出た。

「忘れ物ない?セキュリティかけちゃうよ」

「大丈夫です」


 その声を受けてオレはフロアをロックする。

「警戒を開始しました」

 と、機械音が二人しかいない廊下に鳴り響いた。


 そのまま無言でエレベーターを降りる。


「いや、遅くなっちゃったな。ごめん、ありがとう」

 何か言わなければと声を出す。

「いえ、大丈夫です」

 七海はそれだけ答える。明らかに何かを考えている。


 オレは頭の中で、いくつか適当な暗算の問題を出して解いてみる。

 今の所問題はなさそうだ。


「お腹空いたな」

「そうですね」

 中々会話が続かない。


「オレ、ハンバーガーでも食べて帰るよ」

「そうですか……」

 ちょっと、食事でも誘ってみようかという気配を出したが、七海は乗ってこない。

 オレの情報(マナ)を狙っているなら絶好のチャンスだと思うのだが。


(いや、そんな意図じゃないだろう!)

 オレは自分で自分の考えを否定した。

 そんなに深く、戦略的なことを考えているんじゃない、ただ、この空気のまま解散したくない。

 それだけだ。


「一緒に行かない?」

 意を決してストレートに誘ってみる。

「行きます!」

 七海は即答した。


 オレ達は会社近くのファーストフード店に入り、それぞれがハンバーガーとドリンクを、そしてポテトとナゲットはシェアして食べた。


「誘ってくれて嬉しかったです。避けれれてるかと思ったから」

「そんなわけないでしょ」

 と言ってから思い直した。そんなわけあるからだ。


「双葉に言われてなんか意識しちゃってさ。ちょっと和泉さんのこともあるし」

 オレはベーグルに言われたことだけ隠して、極力本音ベースで話す。

「??なんで和泉さんが関係あるんですか?」

 七海は本当に分からないという顔をする。


「前は、和泉さんが職場のルールみたいになってただろ?」

「ええ」

「結局IT系って、スキルがある人間が力を持っちゃう傾向はあると思うんだ。最近はもう、会議でもなんかオレの言ったこと全部通っちゃうし」

「ごめんなさい。やっぱり加藤さんに任せすぎですよね。。。」

「いや、そういう意味じゃなくて」

「じゃなくて?」


「もうオレ、セクハラする側の立場になってるかもなって。だから気を付けないとって。後輩の若い女の子を口説いてると思われるような素振りしたらマズイって。そんなこと考えたら何話していいか分からなくなった」

「なんすか、それ?!しょーもなっ!」

 七海がいつもの調子に戻ってケラケラと笑う。


「セクハラって!なぁーにオジサンぶってるんですか?!休日にデートしても手も握らないくせにセクハラって、はははははは」

「そんな笑わなくていいだろ」

「あーすみません。なんか力抜けました。やっぱ加藤さん、面白いっすね。笑い過ぎて涙出てきた。。。」

 七海は本当に薬指で目じりの涙を拭いている。


「んなこと気にしないでくださいよ!トイレ行ってきます!」

 七海は勇ましく去っていく。


(七海は七海だよな……)

 その後ろ姿を目で追って、そう思う。

 

 オレは残り少なくなって冷めてきたポテトをまとめて口に入れ、アイスコーヒーで流し込んだ。


(何を探ればいいんだろう?)


 そう思った時、一瞬の眩暈を感じた。

 オレは眼を閉じてうずくまる。


 耳鳴りがする。

 こめかみが締め付けられ、地面が揺れた。


 いや、揺れているのはオレの平衡感覚だ。

 この感覚は経験がある。ここまで乱暴ではないが、あの時と似ている。


 ならば長くは続かないはず。


 予想通り数秒で耳鳴りも頭痛も眩暈も収まった。


 ゆっくり目を開けると、世界が灰色になっている。


 人も消え、音も無い。

 テーブルがあった所には、無機質な箱のようなものが並べられているだけ。


 ここは異界……なのか……?


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