疑念:調査
翌日、ベーグルをリュックに入れて、七海と歩いた道筋をトレースした。
昨日も混んではいたが、日曜のターミナル駅は更に混雑している。
それでもオフィス街に抜けると幾分マシになる。
本社の前まで行き、カフェでアイスコーヒーを1杯だけ頼み、10分ほど滞在して席を立った。
駅に戻るとまた人混み。
本屋の中を一回りし、夕食を取った場所は前を素通りした。ちょっとオシャレなレストランで、さすがに男一人で入るのは気が引けたからだ。
そして帰路に着き、いつもの公園に向かう。
「怪しい所はどこにも無かったな」
とベーグル。
情報交換したい量が多いので、端末越しの文字会話ではなく異界で直接話そうとの提案をヤツがして来た。
「そうか。なら良かったじゃないか」
「良くないだろ。お前は情報が食われているんだ」
「食われたらどうなるんだ?別段変わった様子は無いが」
オレは自分の手足を見る。
そして動かしてみる。多少の疲労感はあるが、その程度だ。
「4096×2は?」
「えっ?」
突然の質問にオレは躊躇する。
「えーーーっと、9192」
「違う!8192だ」
「そうだな。突然言われたから間違っただけだ」
「本当にそうか?」
そう言われると痛い。
4096は2の12乗。
2、4、8、16、32、64、128……という2の指数計算はコンピュータの基本なので本来IT系のエンジニアには馴染みが深い計算なのだ。
「お前の父親の誕生日は?」
「出身大学の最寄り駅は?」
「2日前の夕食は何を食べた?」
ベーグルの質問に何も答えられない。
「ネイムに情報を食われると表立ってはネガティブな思考が際立つ。その裏では様々な認知機能が蝕まれる」
「……これって、どうしたらいい?」
オレは事の重大さを理解した。
「食われ続けない場合は、ある程度自然治癒する。しかし、今の状態でネイムに襲われたら最悪死ぬ。ゲームで言うならHPが少ない状態だからな」
「帰ろう!」
「まぁ、待て」
ようやく事の重大さを理解したオレを、からかうようにベーグルが引き止める。
「待てるか!今ヤバいネイムに遭遇したらマズイだろ!分かってるなら、なんで危ない所に呼ぶんだよ!」
「回復すりゃいいだろ」
「だから自然治癒なんだろ!」
「他に方法が無いとは言ってない」
「へっ?」
オレは足を止めた。
「実は、今までストックした情報の一部を使ってバックアップを作ってある。それで補修してやるよ。先にやってやると、お前が重大さを理解しないからな」
「なんだよ。驚かせるなよ。。。じゃあ頼む。オレはどうしたらいい?」
「もう終ってる」
「?!」
言われて見れば、頭がスッキリしている。
「8196×2は?」
「16384」
「一昨日の昼食は?」
「社員食堂のカツカレー」
「大丈夫そうだな。しかし、回復はマナのストックを使うから有限だということを忘れるな」
ベーグルが釘を刺す。
そこで改めてオレは恐怖を覚えた。先に楽観していたのは、ひょっとしたら認知に影響が出ていたせいかもしれない。
それを思うと、改めて身震いする。
ネイムに捕らわれると、楽観したまま蝕まれていく……
「やっぱり、どこで食われたか、穴はどこにあるかは調査続けた方がいいよな」
「ああ、しかし場所じゃないかもしれないぞ」
ネイムは言った。
「どういうことだ?」
「前にも言ったが、穴とはwifiみたいなもんだ。範囲がある。今日辿ったルートなら、一箇所に長く留まっていない。何処かに穴があったとしても、ここまで被害が出る被曝時間は無いはずだ」
「……」
「ましてや、あんなに人混みの中で、1人の人間が集中的に被害に合うなんて考えにくい」
「……つまりは、どういうことだ?」
ベーグルは聞きたくないことを、淡々と言い放った。
「お前、狙われたんじゃないか?同行者が怪しいな」




