キラービー:そして共食い
オレは出来上がったラケットを強く握りしめ、蜂の雲が濃い部分目がけて強振した。
スポーツではこういう道具は軽く持ち、インパクトの瞬間だけ握りしめるものだが、特定の一匹を狙ってるわけではないからだ。
ラケットは不特定多数の蜂を捉え、ブルブルと不規則な当たりがグリップ越しに伝わってくる。
不意にオレは小鰺をサビキ釣りする感触を思い出した。
インパクトの方向も不規則だし、芯を食っていないので意外に手ごたえは重い。油断すればラケットを落としてしまいそうだ。
この感触を踏まえて2度、3度と振りぬいていく。
パラパラと蜂が地面に叩き落される音がする。
地面ではなく、オレの脚に当たるヤツもいるが、気にする余裕は無い。
「来いよ!全員撃ち落としてやる!」
オレはそう叫びつつも、内心は(早く諦めやがれ)と思っていた。
オレの知る限り、巣を守る時の蜂はヤッカイだが、捕食に関しては淡泊だ。
そもそも野生動物は無理な争いはしない。相手が手強く、手傷を追うリスクが判明すれば冷静に撤退するものだ。
そして、今のコイツらは捕食目的。ネイムは他にも周りにいる。オレに執着する理由は無いのだ。
そう願いながら、どれだけ振り続けただろうか?
ようやく徐々に視界から開けていく。文字通り、雲が開けるような光景。
それを見て一気にオレは走り抜けた。
十分距離を取って振り返ると、また別のネイムが踊っていた。
どうやらターゲットが切り替わったのだろう。
「うわっ!なんだこれ」
オレはラケットをチラリを見て思わず投げ捨てた。
網目に数十匹の蜂が挟まっていたからだ。
「もったいない。それらも情報だ捕食しよう」
とベーグル。
「えっ、これに触るの?」
「そうだ」
「刺されるんじゃない?」
「何を今更・・・ほら、先を越されてるぞ」
促されるまま周りを見ると、数体の人型ネイムが、地面にしゃがみこんで何かをつまみ食いしている。
おそらくオレが叩き落した蜂だろう。
「うーーん、しょうがないか・・・」
恐る恐る地面のラケットに手を伸ばすと、すんでの所で何者かがそれを攫って行った。
「あっ!待て!」
ラケットを持ったネイムは、蜂のターゲットにされているネイムに向かって行ったかと思うと、ラケットを振り始めた。
オレを見て学習したようだ。
「アイツらも仲間意識あるのか?」
オレは呟いた。
ネイムが仲間を救助に向かう光景なんて初めて見たからだ。
「いや・・・たぶん・・・」
ベーグルが何か言いかけた所で理解した。
そのラケットを持ったネイムは数回撃ち落とすと、しゃがんで蜂を食い始めたのだ。
そして、周りに数体の人型ネイムが集まってきている。
叩き落した蜂のおこぼれにあずかろうという腹だろう。
オレは少し離れた所のベンチに腰掛け、しばらくその様子を眺めていた。
「気のせいかな?」
オレはふと呟いた。
「いや、気のせいじゃない。樹が一回り小さくなっている」
ベーグルはオレの呟きの意図まで読み取って答えた。
「あの蜂は、共生ではなく樹自身が身を削って作っているのかな?」
「おそらくそうだろう」
そう言っている間にもまた樹は一回り小さくなる。
ネイムの中には、おこぼれ狙いだけでなく、どこかから折って来た枝をラケットにして叩き落す者も出始めた。
「蜂攻撃・・・止めりゃいいのに」
「樹もどうしていいか分からないのだろう。蜂が捕食され、樹としての情報総量が減る。だから捕食が必要になる。しかし、捕食すればするほど逆に捕食されるという負の連鎖。お前のやったことが想定外過ぎたんだ」
このまま放置しておけば樹は勝手に弱体化しそうだ。
しかし・・・
「他のネイムが力をつけ過ぎるんじゃないかな」
「その可能性はある」
「そうか・・・」
オレはため息を付いて立ち上がった。
そしてラケットを持って行ったネイムの所に向かう。
「ベーグル、どれぐらい情報残っている?まだ作れるか?」
歩きながら俺は、イメージで欲しい道具の形状を伝えた。
「それぐらいなら大丈夫だ」
ベーグルが答えると同時に、オレの手には小型の斧が握られていた。
「それ、返せ」
それだけ言うとオレは、かのネイムの腕をラケットごと切り落とした。そして淡々とそれを持ち去る。
増長する可能性が一番高いのはコイツだ。
だから、コイツの情報を少し減らしておくことにしたのだ。
呆然と立ち尽くすネイムに背を向け、オレは広場を出た。
その頃にはもう、ラケットも腕もすっかりベーグルが再吸収してしまっていた。
今日は疲れた。
ここはまた様子を見に来る必要はあるだろうが、もう帰ろう。
オレは去り際に一度だけ振り返る。
追って来る蜂もネイムもいない。
大樹だったそれは益々小さくなっているようだった。




