キラービー:目星
その少女は小さな赤いジョウロを持って、何の躊躇もなく花壇に入っていく。
「危ないよ。蜂がいるから」
オレは前回刺された位置よりさらに2m程遠ざかった位置で声をかけた。
「だいじょうぶだよ」
少女はそれだけを答える。
そして、ジョウロで水をかけていく。蜂がたかる様子はない。
いないわけではない。確かに周りを飛んでいるのだが、少女に敵対する気配はない。
「刺されないの?」
おそらく小学校低学年ぐらいの少女に対して、いい大人が腰を引いて言葉をかけるのは情けないと自覚しつつ、他に手段が思い当たらなかった。
「だいじょうぶだよ。お花のお手入れする人は、ハチさんのミカタだもん」
少女は、何を当たり前なことを?という顔で言い切った。
「いつもこの花の世話してるの?」
「そうだよ。お水あげたり、ザッソウ取ったり」
「偉いね。ここって学校の花壇なの?」
「えっ?ここ公園だよ。学校じゃないよ」
少女は怪訝な顔をした。『学校で管理している区画なのか?』程度のことを聞こうとしたのだが、上手く伝わらなかったようだ。
「あっ!」
少女は足元を見た。
「まただ」
少女の周りにに一瞬、靄がかかったように見えた。
「どうしたの?」
ただならぬ様子に、オレは思わず一歩後ずさる。
「お花、倒れてる・・・」
少女が見つめる一角は、何者かが花壇に入り、踏み荒らしたような跡があった。
「また、ボール遊びだ・・・あの子たちの・・・せい・・・」
少女の周りの霞が一層濃くなった。
「痛っ」
腕に鋭い痛みを感じる。
蜂だ。
蜂が集まってきている。霞の正体は蜂だった。
「守らなきゃ」
少女が呟く。
「落ち着いて!あの子たちじゃない!」
「守らなきゃ」
霞がゆらりと動く。
「落ち着け!その足跡、大人のだ!痛っ!」
更に数か所刺される。
数十匹の蜂が全身に纏わりついていた。
「許さない!」
少女が野球をしている少年たちを見ると、霞が敵意を宿したように揺らめく。
もう説得する余裕は無い。
「痛ってぇぇぇl!!蜂だーーーー!」
オレは大声を出して逃げた。
致命傷を避ける為に片手で首を抑えながら、少年たちの方に向って走る。
「痛ってぇ!離れて!!!うわっ痛っ」
オレは大げさに声を出しながら走った。
「えっ、ヤバっ!」
「逃げろ!」
「こっち来るなよ!!」
「バーーカ!来るな!」
少年たちは、オレが蜂を刺激して襲われていると思い、蜂と言うよりはオレから逃げる。
冤罪なのだが、背に腹は変えられない。
オレは罪をかぶり、少年たちを追うように避難させた。
彼らは広場を出て駐輪場に向かい、それぞれの自転車に乗って逃げだしていく。
その様子をオレはしばらく公園の出口で見届けた。
もう周りに蜂はいない。
「目星はついたな」
オレはリュックの中のベーグルに向って呟いた。




