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妄想の歌姫を紹介しろと迫られても困る 【連載版】  作者: kawauso2017
第1部

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第7話 初出勤をした日

男の名は檜山次郎。


 年は四十歳らしい。


 見た目より若作りである。


 髪はきっちり整えているし、服装にもそれなりに気を使っている。


 一見すると三十代半ばくらいにも見えなくはない。


 店長。


 少なくとも、この店ではそう呼ばれているらしい。


 俺を上から下まで眺めながら、檜山は最初の質問をした。


「歳いくつ?」


「二十歳です」


 即答した。


 自分が何歳の身体なのか、俺自身分かっていない。


 ガラスに映った姿を見る限り、十代後半に見えるはずだ。


 二十歳と言っても、まあ通るだろう。


 たぶん。


「経験は?」


「口は上手いですよ。多分」


「多分ってなんだよ」


「やってみないと分かりませんので」


「住所は?」


「多分、あっちです」


 適当な方向を指さす。


 檜山の眉が少し動いた。


「家出か?」


 二十歳には見えないのだろうか。


 二十歳なら、住所を聞いていきなり家出とは思わない気もする。


 いや。


 住所を聞かれて「あっちです」と答える二十歳も普通ではない。


「いえ……まあ、似たようなもんです」


 自分でも何を言っているのか分からない。


 家出。


 間違ってはいない。


 家どころか、30年以上時代から家出している。


 説明したところで信じてもらえるわけがない。


 檜山はしばらく俺を見ていた。


 疑っている。


 当然だ。


 住所不明。


 身分証もまともに出せない。


 仕事経験も不明。


 突然現れて、働かせてくれと言っている若造。


 俺なら採用しない。


 危機管理上、面倒しかない。


 檜山は面倒そうに頭を掻いた。


「名前は?」


 答えようとして、止まった。


 本名。


 山吹互識。


 口に出しかけて、危機管理さんが仕事をした。


 マズい。


 タイムパラドックスが怖い。


 理屈は分からない。


 そもそも本当にそんなものがあるのかも分からない。


 けれど、嫌な予感がする。


 今、この時代には十五歳の俺がいる。


 少なくとも、そのはずだ。


 実家から遠く離れた土地だとしても、余計な記録を残したくなかった。


 危機管理さん、いい仕事した。


 咄嗟に口から出た。


「香坂……」


 一瞬だけ間があった。


 何故、その名字だったのか。


 自分でも分からない。


「香坂翠(すい)。です」


「翠(すい)? 女みてえな名前だな」


「よく言われます」


 言われるわけがない。


 初めて名乗った名前なのに。


 香坂翠(すい)。


 聞いたことがない。


 前の時代での知り合いでもない。


 会社にも、学校にも、友人にも。


 少なくとも、俺の記憶にはない。


 どこで出てきた?


 語呂がいい?


 それだけか?


 不思議だった。


 適当に口から出ただけの名前なのに、何故か妙にしっくりきてしまった。


 黙っていると、檜山が口を開いた。


「まあ、こう見えてもうちは忙しいんだ。これ以上お前に構ってる暇もない」


 そう言って、店の奥を見る。


 まだ開店前らしく、何人かが準備をしていた。


 グラスを並べている者。


 床を掃除している者。


 酒瓶を確認している者。


「試しにやるか? 客引き。駄目ならそれで終わりだ」


「助かります」


「妙に落ち着いてんな、お前」


「よく言われます」


 お前より年上だからな。


 人生経験は豊富なんだよ。


 とは言わない。


◇


 店の中を軽く見せてもらった。


 思っていたより普通だった。


 少し古風なカウンター。


 テーブル席。


 壁際には酒瓶。


 そして、店の雰囲気には少し似合わない小さなステージ。


「ステージあるんですね」


「ああ」


「使うんです?」


「昔はな。今はたまに」


「カラオケもあるのに」


「好きなら歌っていいぞ」


「いや、遠慮します」


 歌う趣味はない。


 少なくとも、人前では。


 客層についても簡単に聞いた。


 会社帰り。


 接待。


 常連。


 酔っ払い。


 それなりに色々。


 若い女性が並んでいるような店ではない。


 酒を飲んで、話をして、場合によってはカラオケを歌う。


 そんな店らしい。


「……思ったより普通ですね」


「何想像してたんだ、お前」


「いや、ちょっと」


「変な店じゃねえよ」


「安心しました」


 これなら、声を掛ける側としても良心が痛まない。


 そして、そろそろ開店時間である。


 若い店員が声を掛けてきた。


 木崎祐二。二十二歳らしい。


 俺から見れば、完全に若造である。


「香坂くんだっけ、店前で客引きしてくれるかな。中は無理だろう? リーマンに声かけるだけでついてくるからさ」


「そんな簡単なんです?」


「簡単じゃねえよ。やってりゃ分かる」


「てめぇ、この間も揉め事起こしやがったじゃねぇか!」


 檜山が、俺と木崎の二人まとめて睨んだ。


「いやー、あれはねぇ。強引な客引きを見るに見かねてね」


 木崎は悪びれもせず笑った。


「そうそう。だから香坂くん、よそのキャッチとは揉めないようにね。縄張り、うるさいんだよ」


「なんとか……任せてください」


 本当は全く自信がない。


 店を出る。


 路地に立ち、周りを見渡した。


 道行くサラリーマン。


 酔っ払った会社員。


 仕事帰りらしい集団。


 店を探してきょろきょろしている者。


 そして、それに次々と声を掛けるキャッチ。


「兄さん、一時間○円ポッキリ! どう? もう店決めた?」


「二軒目どうですかー!」


「いい子いるよー!」


 あちこちから声が飛ぶ。


「……すげぇな」


 あまりの喧騒ぶりに、少しめまいがした。


 久しく見ていなかった風景。


 かろうじて、俺が上京してきた頃には、まだこんな雰囲気が残っていた気がする。


 もっと静かだったと思うが。


「……さて」


 気を取り直す。


「えっと、うち幾らの店だっけ……」


 やべぇ。


 何も確認してなかった。


 慌てて店へ戻る。


「どうした?」


「料金確認してませんでした」


「お前、本当に大丈夫か?」


「店の雰囲気に驚いて聞き忘れました。」


「なんだよ、雰囲気って、やっぱり・・」


 料金を確認する。


 比較的良心的な店のようだった。


『料金表は記録していました。先にご確認くだされば・・・』


 むっとしながら、スマートフォンの手帳型ケースを開く。


 画面には、料金が見やすく纏められていた。


 ……黙ってやがったな、コイツ・・


「ふぅ。これなら安心して声掛けられるな」


「何の安心だよ」


「こっちの話です」



 再び外へ出た。


料金も分かった。


今度こそ、初仕事である。

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