第6話 非日常と仕事探しと
あっさり買えてしまった。
サンドイッチとオレンジジュース。
「……旨いなぁ」
『空腹は最大の調味料ですから』
「うるせぇよ」
さっきとは別のコンビニ。
昭和の硬貨を何枚か出しただけで、今度は何事もなく会計が終わった。
当たり前のことなのに、妙に感動する。
「でも、あと千五百円ほどねぇ……」
財布の中身を確認する。
「どうするよ?」
『何がでしょう?』
「生活だよ!」
『実家へ帰れば良いのではないでしょうか』
「無理だろ! まず金がない!」
『そうですね』
「やっぱり馬鹿にしてる?」
『そのような意図は含まれておりません』
「ほんとかよ……」
北海道。
この時代の実家。
「どうやって北海道まで帰るんだよ……」
金がない。
それ以前に。
「帰ったとして、今の姿で親が信じるか?」
ガラスに映った自分の姿を思い出す。
二十歳前後に見える自分。
そして、一九九〇年。
「それに、この時代の俺はどうなってんだ?」
生まれている。
間違いなく。
「タイムパラドックスで、いきなり世界崩壊とか死ぬとか嫌だぞ。絶対帰れねぇ……」
『おそらく大丈夫かと推測します』
「いや、その『おそらく』で今日だいぶ苦労してるんだが……」
互識は残ったオレンジジュースを飲んだ。
「少し黙っててくれ。考えるから」
『承知しました』
「んー……」
残金、約千五百円。
「数日なら飯はしのげるか?」
一食数百円。
「四日……いや、三日が限界か」
問題は食事だけではない。
「寝るところは……公園でも大丈夫か」
野宿。
したことがないわけでもない。
「昔は酔って、よく寝てたしな……」
そこで、別の言葉が頭に浮かんだ。
「……いや、この時代、オヤジ狩りとか怖いな」
少し考える。
「ああ」
今の自分の姿を思い出す。
「狩る方か……オヤジじゃねぇな」
『…………』
「なんだよ」
『何も申しておりません』
「若返るとさぁ、意識も肉体に引っ張られて若くなるんじゃないの?」
誰に言うでもなく、空を見る。
「なぁ神様。俺、おっさんの思考から全然抜け出せてないんだけど」
返事はない。
「一九九〇年かぁ……」
最大の問題は、やはり身分だった。
金。
住む場所。
仕事。
何をするにしても、この時代の自分を証明するものがない。
「……夜なら行けるか?」
『何がでしょう?』
「黙ってろって言っただろ」
『失礼しました』
夜の街。
現金。
身分証がなくても入り込めそうな場所。
「何件かありそうだな……」
金策はそこで考える。
「それまでに、もう一回りするかぁ」
立ち上がる。
テレビでは見たことがある。
昔の映像も、ドラマも、資料も。
けれど。
「実際の街は知らねぇや」
一九九〇年。
自分が十五歳だった時代。
知っているはずで、知らない街へ。
互識は歩き出した。
まずは、あてもなく路地を歩いてみることにした。
「……昭和だな」
口に出してから、少し考える。
「いや、平成か」
一九九〇年。
元号だけなら、もう平成だ。
けれど、目の前の街並みには、俺の記憶にある平成とはずいぶん違う空気が残っている。
しばらく歩くと、見覚えのある家電量販店の看板が見えた。
店頭には大型スピーカー。
そこから、聞き覚えのないような、どこか懐かしいようなチェーン店のCMソングが大音量で流れている。
客引きの声。
段ボールを開ける音。
店員が商品を運ぶ音。
妙に騒がしい。
「……AV機器、多いな」
テレビ。
ラジカセ。
ビデオデッキ。
巨大なスピーカー。
オーディオラック。
「この時代、こんなにあったっけ……」
俺がいた時代では、ほとんど見かけなくなった物ばかりだ。
骨董品。
そう思いかけて、首を振る。
「新品だよな、これ……」
当たり前だ。
今は一九九〇年なのだから。
少し歩いて、また違和感に気づく。
「……メイドカフェすらねぇな」
『一九九〇年ですので』
「分かってるよ」
今度は電子パーツを扱っている店を覗いてみた。
抵抗。
コンデンサ。
ケーブル。
無線機器。
見覚えのある物もある。
分からない物も多い。
「あーーー……無線は専門外だわ」
『そうですね』
「そこは同意すんな」
また歩く。
歩いて。
見て。
立ち止まって。
また歩く。
テレビや映像では見たことがある。
昔の写真でも知っている。
それでも、実際にその時代の街を歩くのはまるで違った。
音が違う。
匂いが違う。
人の服装も。
車も。
店も。
全部が少しずつ、自分の知っている世界からずれている。
気がつけば、日が傾き始めていた。
「……結構歩いたな」
空を見る。
そろそろ夕方。
そして、その先には夜が来る。
「よし」
互識は小さく息を吐いた。
「金策、開始するか」
昼間のまともな会社に、住所も身分証もない若造が突然行ったところで、相手にされない。
夜の繁華街なら話は違う。
少なくとも、当たってみる価値はある。
二軒断られた。
途中、声を掛けられた。
「あら、坊や。いい体してるわねぇ。ちょっとこっちに寄っていらっしゃい。ショーもあるわよ?」
互識は混乱した。
人?
いや、人ではある。
女性……?
頭が理解に追いつかない。
怖かった。
一九九〇年にスリップしてから、一番の恐怖を感じた。
鼻からピーナツでも飛ばされそうな勢いだった。
「こ、こういう店はあったな……」
なんとかその場を離れた。
そして三軒目。
おそるおそる声を掛けると、怪訝な顔はされたものの、今度は話を聞いてくれた。
「歳いくつ?」
「二十歳です」
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