第21話 敏腕?ディレクター再び
あれから数日。
翠は、若干の違和感を覚えながらも日常を過ごしていた。
いや。
嘘である。
混乱していたのだ。
「いや、なんで店長????」
しかも。
どこかのスタジオで録音?
バンドの音、違ってたよね?
「アオ、やっぱり店長と何かしたか?」
『いえ。今回については何もしておりません』
「あのテープ、最初に録ったのとは明らかに違ったよなぁ?」
『はい。どこかのスタジオで、本格的な機材を使って録音されたものと推測します』
「やっぱり・・・」
そして。
もう一つ異変が。
いや。
変わらないのか?
店長が、やけに歌を練習している。
声の質も上がっている。
「なんだこれ・・・」
連日。
客の少ない時間帯になると、店の小さなステージへ上がっている。
以前なら。
ほとんど使われることのなかった場所だ。
だが今では。
檜山さんが、当たり前のようにマイクを握っている。
当然。
あの子も、ほぼ毎日通ってきていた。
最前列。
いつもの場所。
今日もいる。
「あー・・・」
俺は少し離れたところから、その様子を眺めていた。
「あれが貢ぐってやつなのかぁ・・・」
いや。
殆ど何も注文しないんだけど。
それどころか。
時々。
手製の何かを店長に渡している。
「・・・・・・」
何だ、あれ。
差し入れ?
応援グッズ?
よく分からない。
「ホストクラブだっけ、うち・・・」
『業態としては異なります』
「知ってるよ」
ため息をつく。
「アオ」
『はい』
「どこかで間違えた?」
『何のことでしょう?』
「いや、ルート」
『本日も、ナビゲートの失敗はありませんが?』
「間違えてる」
俺は即答した。
「おっさんルート突入だ」
『そのようなルートは確認されておりません』
「いや、入ってるだろ!」
ステージを見る。
歌う檜山さん。
最前列。
熱い視線を送る女の子。
そして。
何故か少しずつ上達している歌。
「どう見ても入ってるだろ・・・」
いや。
そもそも。
「なんで芸能プロダクションが食いついてるんだ?」
そこが一番分からない。
Apricotのテープなら分かる。
売れるはずだ。
未来で。
実際に売れた。
売っちゃいけないけど・・・。
「何故に、おっさん・・・」
視線の先。
檜山。
「・・・・・・」
意味が分からない。
◇
そんな日々を。
数日。
過ごした。
そして。
ある日の、開店準備中。
「翠。客だ」
店の奥から。
檜山さんが声を掛けてきた。
「お前さんにだとよ。また彼だ」
「また?」
嫌な予感がした。
入口へ向かう。
そこにいたのは。
やはり。
三上さんだった。
「香坂さん。先日は失礼しました」
「あ、はい?」
三上さんは。
今度こそ。
少し自信ありげな顔をしていた。
「実は、お聞きいただきたいのはこちらで」
そう言って。
三上さんは一本のテープを差し出した。
「・・・・・・」
今度は。
赤字の『おっさん』は無い。
Sui 1990/10
それだけ。
その時だった。
「あっ」
何故か。
すぐ後ろにいた女性が。
三上さんの手からテープを受け取った。
「え?」
そのまま。
何の迷いもなく。
店の奥へ入っていく。
「あっ、店はまだ……」
俺が声を掛ける。
「おっ、おい……」
三上さんも。
手を伸ばした。
だが。
もう遅い。
女性は。
テープを持ったまま。
店の奥へ消えていった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
残された。
三上さんと俺。
唖然。
お互いの顔を見合わせる。
何とも言えない。
気まずい空気。
その時。
「おーい!」
店の奥から。
檜山さんの声が響いた。
「二人とも中に入って来いよ!」
「入口だと邪魔だ!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
突然の店長の声で。
二人とも。
我に返った。
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