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妄想の歌姫を紹介しろと迫られても困る  作者: kawauso2017
第1部

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22/26

第20話 逃亡するディレクター三上

 三上は急いで店を離れる。


 角を曲がる。


 人通りが少なくなったところで。


 三上は。


 思わず。


 声を荒げた。


「なんてこった!!」


 通行人が。


 少しだけ。


 こちらを見る。


 だが、それどころではない。


「ファーストコンタクト失敗だ!」


 頭を抱える。


「なんだ、あのテープ!」


 確か。


 あれは。


 彼女に渡したはずだった。


 なのに。



 何故。


 まだあった。


「しかも……」


 三上は。


 さっきまで聞いていた音を。


 思い返す。


「音源が良くなっているじゃないか!」


 意味が分からない。


 自分が持っていたものより。


 明らかに。


 鮮明だった。


 同じ曲。


 同じ声。


 なのに。


 音が違う。


「どうなってるんだ……」


 また。


 謎が増えた。



◇



 ようやく事務所へ帰ってきた。


 出て行った時とは違い。


 足取りは重い。


「はぁ……」


 ファーストコンタクトは失敗。


 しかも。


 何故か持っていたテープまで違っていた。


 考えれば考えるほど。


 頭が痛くなる。


 事務所へ入り。


 受付の前を通り過ぎようとした時。


 彼女と目が合った。


「あっ!」


 受付にいた彼女が。


 俺の手元を見て。


 確かに。


 こう言った。


「三上さん、そのテープ!」


「……え?」


「探していたんですよ!」


 彼女は立ち上がる。


「また勝手に持ち出したのですか?」


「……また?」


「折角、店長と録り直したテープなのに!」


「…………」


 店長?


 録り直した?


「…………え?」


 そこで。



 私の記憶は途切れていた。



 テープを。



 握ったまま。



◇



 気づいた時には。


 事務所の机に座っていた。


「…………」


 目の前には。


 コーヒー。


 おそらく。


 彼女が入れてくれたものだろう。


 三上は。


 無言で。


 一口飲む。


「…………」


 少し冷めていた。



「あれはいったい……夢?」


 いや。


 そうじゃない。


 手元を見る。


 ある。


 例のおっさんテープ。


「…………」


 三上は。


 内線の受話器を上げた。


 受付へ掛ける。


「ちょっと事務所まで来てもらえるかな」


『はい。しばらくお待ちください、すぐに向かいます』


 受話器を置く。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 三上は困惑していた。


 どう聞くべきだろう。


 何から聞けばいい。


 店長?


 録り直した?


 何故。


 このテープの音が良くなっている?


 そもそも。


 何故、彼女が知っている?


 考えているうちに。


 ノック。


「失礼します」


「ああ、入ってくれ」


 彼女が入ってくる。


 三上は、机の上のテープを指差した。


「このテープなんだが……」


「ああ、それ!」


 彼女の顔が。


 一気に明るくなった。


「そう、やっと見つけたんですよ! この人!」


「……この人?」


「数ヶ月前ですけど」


 彼女は嬉しそうに話し始める。


「たまたま友人と訪れたバーで、ステージで歌ってる人がいて」


「…………」


「その声! 歌!」


 机の上のテープを指差す。


「同じだったんです!」


「…………」


「もう感激でした!」


 三上は、口を挟むことすら出来ない。


「それ以来、何度もお邪魔して」


「……何度も?」


「はい!」


 満面の笑み。


「やっと録音も、スタジオを借りて出来たんですよ!」


「…………スタジオ?」


「それで、そのテープに録り直したんです」


「…………」


「新しいテープでも良かったんですけど」


 彼女は少し照れたように笑う。


「最初に貰った記念なので」


「・・・・・・・・・・」


 三上は。


 完全に固まっていた。


 えっ。


 数ヶ月?


「ちょっと待ってくれ」


「はい?」


「君」


 三上は、慎重に言葉を選ぶ。


「私がSuiと書かれたテープの歌い手を探していたことは、知っていたよね?」


「はい? 知ってますよ?」


「…………」


「お店に行ったんだよね?」


「はい」


「数ヶ月前から?」


「そうですよ?とても楽しかったです!」


「…………」


 三上の眉間のしわが深くなっていく。


「どこの?」


「え?」


「その店、何処に?」


「ああ」


 彼女は。


 何でもないことのように答える。


「A町の並木通りです」


「…………」


 嬉しそうに。


 ニコニコしながら続ける。


「私、通いました!」


「…………」


 三上は。


 こめかみを押さえた。


「私も……探していたんだが」


「はい?」


「何故、教えてくれなかった?」


「え?」


「いや」


 三上は少し言い直す。


「事務所を通じて、Suiの音源について探していたよね?」


「ええ、存じておりますが」


 彼女は。


 不思議そうに首を傾げる。


「女性ボーカルのテープですよね?」


「…………」


「…………」


「えっ?」


「え?」


 沈黙。


「…………」


 三上は。


 ゆっくりと椅子へ深く腰掛けた。


「あー……」


 額へ手を当てる。


「すまない」


「はい?」


「少し整理をさせてほしい」


「はい」


 三上は。


 一つずつ。


 確認するように言う。


「つまり」


 机の上の。


 赤字で『おっさん』と書かれたテープを指す。


「君は、このテープの男性を捜し当てていた」


「はい」


「そして」


「はい」


「我々が探していたのは、女性ボーカリスト」


「はい」


「…………」


「そのように認識していましたが」


 彼女は。


 そこで。


 少し目を輝かせた。


「あっ」


「ん?」


「まさか」


 身を乗り出す。


「三上さんも、最初から店長狙いでした!?」


「・・・・・・」


 三上は。


 無言で。


 頭を抱えた。


「いや」


「違うんですか?」


「何でも無い」


「そうですか?」


「ああ」



 三上は。


 深く。


 深く。


 息を吐いた。


「すまない」


 自分へ言い聞かせるように。


「伝達ミスと」


 一拍。


「認識の違い」


 さらに。


 一拍。



「そして呪詛のせいだ」


「……呪詛?」


「誰も悪くない」


「はぁ」


 彼女は、相変わらずよく分からないという顔をしている。


「そうですか」


「うん」


「よく分からないですが、分かりました」


「ありがとう」


「それで」


「ん?」


 彼女は。


 少し期待するような顔になる。


「店長を、うちの事務所へ?」


「…………」


 三上は。


 再び頭を抱えそうになった。


「あ、いや」


「違うんですか?」


「ちょっと考え事が増えた」


「はあ」


「ありがとう」


 力なく。


 手を振る。


「下がっていいよ」


「はい。失礼します」


 彼女は。


 何故か少し残念そうな、そして期待した顔をしながら。


 事務所を出ていった。


 扉が閉まる。


「…………」


 静寂。


 三上は。


 しばらく。


 そのまま動かなかった。


 私は。


 この数ヶ月。



 何をしていたんだ……。


 真っ先に。


 音源の出所へ辿り着いていた彼女。


 そして。


 その数ヶ月後に。


 ようやく辿り着いた私。


「…………」


 彼女は、あの店で、木崎青年と出会っていないのだろうか。


 いや。


「あの熱量では……」


 会っていても、見えていなかったのかもしれない……。


 店長しか。


「…………」


 とんだ回り道だった。


 だが。


 もう。


 この三上、これ以上の失敗は許されない。


「今度こそ……」


 三上は。


 机の上へ手を伸ばした。


 そして。


 しっかりと。


 一本のカセットテープを握る。


 Sui 1990/10


 今度は。


 それだけ。



 赤字の『おっさん』は。


 どこにも無かった。

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