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妄想の歌姫を紹介しろと迫られても困る 【連載版】  作者: kawauso2017
第1部

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2/9

第2話 それでも、続くはずだった日常

 その日の夜。


 自宅のアパートで、俺はビールを飲んでいた。


 夕食。


 と言っても、買ってきた総菜とつまみだけだ。


 一人暮らしも長い。


 今さら毎日まともに料理する気力もない。


 テレビをつけたまま、何となくスマートフォンを眺める。


 特に見たい番組があるわけでもない。


 テレビから芸能ニュースが流れてきた。


『――日本人女優としては異例となる、ハリウッド大作でアカデミー主演女優賞――』


「へえ」


 画面を見る。


 知っている女優だった。


 知らない人間の方が少ないだろう。


 若い頃はアイドルだった。


 確かグループでデビューして、それほど経たないうちに女優へ転身。


 ドラマ。


 映画。


 主演。


 賞もいくつ取ったんだったか。


 気づけば、日本を代表する女優みたいな扱いになっていた。


「……とうとうレッドカーペットか」


 ビールを一口。


「すげえなぁ」


 年齢だって俺と大して変わらない。


 同じ時代を生きてきたはずなのに、この差である。


 向こうは世界的大女優。


 こっちは今日、会社でLANケーブルを圧着していた。


「神様、人生に差つけすぎじゃね?」


 誰もいない部屋で愚痴る。


 テレビの中では、女優が記者会見で笑っていた。


 若い。


 年齢だって、俺と大して変わらないはずなのだが、どう見てもそうは見えない。


「しかし、あんな綺麗で成功してるのに、未婚かぁ、芸能界ってこぇぇな……」


 もう一口。


 普段より少しだけ酒が進んだ。


 仕事で疲れていたのかもしれない。


 そのままソファへ横になる。


「風呂……」


 入らないとな。


 そう思ったところまでは覚えている。


 気づけば、眠っていた。



     ◇



「やべっ!」


 目を覚まして時計を見る。


 いつもより遅い。


 完全な寝落ちだった。


「アオ! 何で起こさなかった!」


『起床時刻の指定を受けていません』


「そうだった!」


 慌ててシャワーを浴びる。


 着替える。


 鞄。


 財布。


 スマートフォン。


 社員証。


 鍵。


「忘れ物」


『連携機能をオンにしてください。周囲の確認が出来ません。』


あぁ、、切ったままだったわ。


「よし」


 家を飛び出した。


 駅まで早足。


 一本遅い電車。


 それでも、この時間なら何とか間に合う。


 車内はいつもの混雑だった。


 運良く途中で席が空き、座ることができた。


「助かった……」


 周囲を見る。


 いつもの風景。


 スマートフォンを触っている人。


 動画を見ている人。


 イヤホンをしている人。


 眠っている会社員。


 俺もスマートフォンを取り出す。


『大迫部長から昨夜、追加のメッセージがあります』


「嫌な予感しかしないから会社着いてから」


『承知しました』


「あと今日の予定」


『十時から定例会議。十三時三十分からサーバー更新に関する打ち合わせがあります』


「あー……あったな」


『十五時から――』


「もういい。聞きたくない」


『承知しました』


 電車はいつもの駅へ着いた。


 人の流れに混ざってホームを歩く。


 改札を抜ける。


 毎朝通っている駅。


 毎朝歩いている道。


 今日も会社へ行って。


 適当に仕事をして。


 また誰かに、


『山吹係長、ちょっといいですか』


 と呼ばれる。


 そんな一日になるはずだった。


 いつもの道を歩き。


 いつもの角を曲がる。


 そして。


「……ん?」


 足が止まった。


 目の前にある建物を見上げる。


「…………」


 会社が入っているはずのビル。


 その場所に。


 見覚えのない建物が建っていた。


「……は?」


 もう一度、周囲を見る。


 道は、たぶん合っている。


 駅からここまで。


 いつもと同じ道を歩いてきた。


「……俺、道間違えたか?」


『ナビゲートは問題ありませんでした。目的地に到着です。』


 そう呟きながら。


「いや、着いてねぇだろ」


もう一度、建物を見上げた。

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