第1話 いつもの一日
「山吹係長」
呼ばれて顔を上げる。
「何?」
「営業二課の佐伯さんのデスク、またサーバーにつながらないそうです」
「……またぁ?」
思わず声が出た。
「こないだ見なかったか、あそこ」
「見ましたよ。この間はハブ側でしたね」
「ああ、そうだったな……」
椅子にもたれたまま天井を見る。
五十一歳。
役職、係長。
勤続年数だけなら、もうそこそこ長い。
IT企業に勤めている。
……はずだ。
「めんどーだな。いよいよ機器ごと入れ替えじゃないのか。部長に頼めよ」
「言いましたよ」
「なら俺に言うなよ」
「『山吹に聞け』って言われました」
「…………」
あの野郎。
部長の顔が頭に浮かぶ。
「とりあえず見に行くか……。ケーブル怪しいなら、そこから替える」
「了解です」
「LANケーブル一本持ってきて」
「ありませんよ」
「は?」
「この間使い切りました」
「……補充は?」
「されてません」
「誰か作っとけよ……」
「部材なら残ってますよ」
机の上に、箱が置かれた。
ケーブル。
RJ45コネクタ。
圧着工具。
「どうぞ!」
「どうぞ、じゃねえよ……」
俺は何の仕事をしているんだ。
◇
「はい、つながった」
「おお」
「結局ケーブルですね」
「だな」
古いケーブルを持ち上げる。
見た目には大した傷もない。
コネクタ部分を少し動かすと、リンクが落ちる。
「中で切れかけてたんだろ」
「機器交換しなくて済みましたね」
「部長に言っとけ。機器交換予算は浮いたって」
「係長から言ってくださいよ」
「なんで?」
「係長が直したから」
「俺は知らん。お前が直したことにしろ」
「嫌ですよ!」
「評価上がるぞ」
「係長、そうやって毎回逃げますよね」
「リスク管理だ」
「便利な言葉ですね、それ」
俺は自分のデスクへ戻った。
椅子に座る。
コーヒーを一口。
ようやく落ち着いた。
今日はもう何も起こるな。
そう思ったところで、耳につけていたヘッドセットから声が聞こえた。
『大迫部長からメッセージが届いています』
「……アオ、業務連絡?」
『いいえ。文面から判断すると、個人的なメッセージと思われます』
「読んで」
『はい』
一拍置いて、アオが読み上げる。
『よお、互識。仕事のあと飲みにいかんか? ネットワーク部の新田がうるさいんだよ。今夜、駅前の鳥政に七時な。よろしく!』
「…………」
仕事の話じゃねえか。
ネットワーク部の新田。
名前を聞いただけで、なんとなく内容まで想像できる。
どうせ古い設備を更新したいとか、予算が足りないとか、人が足りないとか。
そして最終的に、
『山吹、お前詳しいだろ』
になる。
「アオ」
『はい』
「退社直前に適当な理由で断り入れといて」
『理由は?』
「体調不良以外」
『では、私用がある旨で返信を予約します』
「それでいい」
『送信時刻を十七時二十分に設定しました』
「完璧」
俺は椅子にもたれた。
「……俺、何の仕事してんだろうな」
『IT企業の社員です』
「そういう意味じゃない」
つい、ぼやいてしまう。
「IT企業に入ったはずなのに、気がついたらサーバー見て、ネットワーク見て、LANケーブルまで作ってるんだぞ……」
『インフラ担当としては不自然ではありません』
「そうなんだけどさぁ……」
若い頃からそうだった。
誰かが困っている。
調べる。
直す。
すると次から、
『山吹に聞け』
になる。
そして仕事が増える。
いつの間にか五十一歳。
年を取ってから、ぼやき癖がひどくなった気がする。
『それは、昇進を毎年断っていることも一因だと推察します』
「…………」
『現在の職務範囲が曖昧なのも――』
「はいはい」
うるさい。
最近のAIは便利になりすぎた。
スマートフォンのカメラやマイクから周囲の状況を認識して、こちらが止めない限り、必要だと判断すれば勝手に話しかけてくる。
メールやメッセージの通知。
予定の確認。
文章の読み上げ。
返信の作成。
調べ物。
仕事では便利だ。
俺もかなり使っている。
かなりというか、最近は会社の若い連中よりアオと話している時間の方が長い日すらある。
ただ。
少し、お節介すぎる。
「今日はもう静かにしてろ」
『承知しました』
手帳型ケースに入れたスマートフォンを手に取り、AIの常時連携を切る。
これで周囲の音や映像を拾って、勝手に会話へ入ってくることもない。
ついでにバッテリー残量を見る。
まだ余裕はある。
昔のスマートフォンに比べれば、随分と持つようになった。
それでもアオをフルアクセスで動かし続ければ、二日は厳しい。
だから時々、残量を見る癖はいまだに抜けない。
昔ほど神経質になる必要もないんだが。
ピロン。
「ん?」
またメッセージ。
アオを止めているので、今度は自分で画面を開く。
送り主を見た。
「……あいつか」
遠藤亮介。
昔、同じ部署にいた後輩だ。
昨年会社を辞めて、そのまま独立した。
メッセージを開く。
『互識さん、いい加減うちの会社来てくださいよ。ネットワーク分かる人間が全然いなくて困ってるんすよ。本気で』
「…………」
そっと閉じた。
既読。
返信はしない。
責任が増える未来しか見えない。
ベンチャー企業。
立ち上げ直後。
人が足りない。
ネットワークが分かる人間も足りない。
俺が行ったら、最後。
絶対に全部やらされる。
「……リスクが高すぎる」
誰も聞いていないのをいいことに、小さく呟いた。
この歳になってまで出世したいとも思わない。
大金を稼ぎたいとも思わない。
会社を興して成功者になりたいなんて、なおさら思わない。
責任は少なく。
仕事は適当に。
定時になったら帰る。
給料は生活できる程度に貰えればいい。
それで十分だ。
時計を見る。
定時を少し回っていた。
「よし、帰るか」
※本作は完結までのプロット作成済みです。
第1部は全話投稿準備済みで、毎日20時20分頃に公開予定です。
第2部以降は更新間隔が変わる予定ですが、最後まで連載予定です。
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