第17話 つながり始める線と点
三上は困惑していた。
分かったことは。
多くない。
まず。
自分の手元にあるテープ。
これは。
かなり元に近い。
少なくとも。
他所で聞かせてもらったものより、明らかに鮮明だった。
つまり。
木崎青年が持ち込んだ時点では。
マスター。
あるいは、それにかなり近いものだった可能性が高い。
しかし。
それでも。
ヒスノイズはかなり酷い。
「……録音環境が悪い?」
単純に。
環境の悪いダビングを行ったものなのかもしれない。
だが。
もう一つ。
妙に気になることがあった。
「……これ」
三上は。
何度も聞き返した。
曲の奥。
ごく小さく。
日常音のようなものが入っている。
「何だ……?」
ダビングの際に入った音なのか。
それとも。
収録時に入った音なのか。
「スタジオを使っていれば……こんなのが入るわけがない」
設備。
防音。
録音環境。
少なくとも。
まともなスタジオ録音なら。
こんな音は残らない。
「……ケーブルも繋がずに?」
素人が。
スピーカーから流した音を。
そのまま録音した。
そんな可能性。
「まさかな……」
だが。
曲そのものは。
異様なほど完成している。
制作能力と。
録音環境。
その差が。
どうにも不自然だった。
◇
そんなある日。
ついに。
木崎祐二という青年と。
コンタクトが取れることになった。
きっかけは。
あまりにも偶然だった。
うちのスタッフの一人が。
仕事帰り。
たまたまカラオケスタジオへ寄っていた。
そこで。
一本のテープを再生しようとしている青年を見掛けたという。
ラベル。
そこに書かれた文字。
Sui。
今回。
三上が探していた名前。
気になって。
スタッフが声を掛けたらしい。
「そのテープ、どこで手に入れたんですか?」
すると。
青年は。
「俺が持ってきたんですけど?」
と。
答えたという。
木崎祐二。
まさに。
探していた本人だった。
「……ついに繋がった」
三上は。
報告を聞いた瞬間。
思わず立ち上がっていた。
運良く出会った社員が。
しっかり連絡を取ってくれたようで。
明日。
事務所に来てくれるらしい。
「やっと……」
三上は。
机の上に置かれた。
Suiのテープを見る。
「話が聞けるな」
翌日の昼過ぎ。
ようやく。
三上は、木崎祐二という青年と会うことができた。
事務所の応接スペース。
向かいに座った青年は、思っていたよりもずっと若い。
「今日は来てくれてありがとう」
三上は、まず軽く頭を下げた。
「いえ」
「それで、少しこのテープについて聞かせてもらいたいんだ」
机の上に置いたカセットテープへ視線を落とす。
「まず、この歌っている女性なんだが……」
「あー、それが」
木崎は困ったように笑った。
「僕も知らないんですよ」
「そうなのか……」
三上は少し表情を曇らせる。
「では、曲を作っている人物については?」
「それも、よく分かんないっす」
「・・・・・・」
三上は、一瞬。
言葉を失った。
また。
振り出しか・・・。
ここまで来て。
また手掛かりが消える。
そう思っていると。
「あー、でも」
木崎が、ふと思い出したように口を開いた。
「僕にテープをくれた子なら、多分会えると思うっすよ」
「本当か!?」
三上は思わず身を乗り出した。
「いやっ、ちょ・・・近いです」
「あっ」
三上は慌てて座り直す。
「おほん」
咳払い。
「すまない。少し興奮してしまった」
「はあ」
「もし迷惑でなければ、その人物に会わせてもらうことはできないだろうか」
木崎は。
にやり。
と笑った。
「いくつか条件があります」
「・・・・・・」
三上は、嫌な予感を覚えた。
だが。
ここまで来て断る理由はない。
「分かった」
姿勢を正す。
「聞かせてもらおう」
「んー」
木崎は少し考える。
「まず」
人差し指を立てる。
「僕から直接テープを貰っていないことにしてください」
「・・・・・・」
「ばれると、ちょっと面倒そうなので・・」
三上は木崎を見る。
青年は。
悪びれた様子もなく。
笑っていた。
「分かった。その件は伏せておこう」
「あと」
「うん」
「僕もほら」
木崎は少し姿勢を正した。
「僕もほら、目指したいんですよ、ね?」
「・・・・・・」
「ああ」
三上は察した。
「そういうことか」
少し考える。
「上には伝えておこう」
「ほんとっすか」
「次に来る時、自分の音源を持ってきてくれればいい」
「了解っす」
木崎は満足そうに頷いた。
「それと」
「うん」
「ここまで言ってからで悪いんですが」
木崎は苦笑した。
「その子には会えます」
「それは助かる」
「ただ、そこから先は難しいと思いますね」
三上の表情が少し変わる。
「どういう意味だ?」
「あー」
木崎は頭を掻いた。
「なんか」
少し考える。
「リスク管理らしいです」
「リスク管理?」
「何度聞いても、その女の子紹介してくれないんスよ」
「・・・・・・」
「本人から確認が取れないと駄目だって」
三上は腕を組んだ。
歌い手の情報を。
意図的に隠している。
そういうことか。
「まあ、ただ」
木崎が続ける。
「おっさんは心当たりがあるんで、僕が紹介できますよ」
「げほっ・・・」
三上は思い切りむせた。
「あー……」
咳を押さえる。
「男性の方は、今回は大丈夫だ」
「そうっすか?」
「ああ」
三上は少し疲れたように答えた。
「気になっているのは、女性と」
机の上のテープを見る。
「作曲家の方でね」
「はあ」
「まあ」
三上は椅子へ深く腰掛けた。
「私も一応はプロなので」
今度は。
少しだけ。
表情が変わった。
「そこまで紹介してもらえれば」
「はい」
「あとは、こちらで話をさせてもらうよ」
木崎を見る。
「君に迷惑は掛けない」
「分かりました」
「今日はありがとう」
木崎は立ち上がり。
軽く頭を下げると。
そのまま帰っていった。
◇
静かになった応接室。
三上は。
しばらく。
動かなかった。
「・・・・・・」
売れる。
間違いなく。
売れる。
今まで。
何人もミリオンを見てきた。
売れる歌手。
売れない歌手。
売れそうで消える人間。
最初から。
何かを持っている人間。
三上は。
何度も見てきた。
だが。
「これ以上は・・・」
これ以上の才に。
出会ったことが無かった。
ヒットしないわけがない。
何よりも。
新しい。
声。
音感。
リズム。
それだけで。
情景が見えてしまう。
「一人で制作したのか?」
作曲。
作詞。
編曲。
録音。
もし。
全て。
一人で行っているのだとしたら。
「・・・・・・」
それなら。
相当な卵だ。
いや。
卵。
という言葉ですら。
軽すぎるかもしれない。
声質を聞く限り。
二十歳は。
おそらく過ぎていない。
三上は。
震える手で。
机の上のテープを掴んだ。
Sui 1990/10
そのラベルに。
赤字で。
『おっさん』
と書かれたテープを。
無意識に。
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