第16話 慌てる有能ディレクター
三上は焦っていた。
とんでもない勘違いをしていたようだ。
三上は机の受話器を取り、昨日の知人に、慌てて連絡を取る。
「ちょっと確認したいんだが・・・」
『何です?』
「歌い手は、女性か?」
一瞬。
電話の向こうが静かになった。
『・・・何を今更言ってるんですか?』
「やっぱり、女性なんだな?」
『そうですよ。当たり前じゃないですか』
「・・・・・・」
三上は電話を持ったまま、天井を見上げた。
私はいったい、何処で間違えたんだ・・・。
本当なら。
同じ提供者のテープなら、全て聞いていたはずだ。
仕事柄。
一本だけで判断することなど、まずない。
なのに。
「あのおっさんだ・・・」
『はい?』
「あ、いや。何でもない」
おそらく。
あの、おっさん声。
あれがマズかった。
呪詛でも入っていたかのように、その後の接触を避けてしまった。
かなり凄腕の呪術師作だと思われる。
『三上さん?』
「いや、すまない。こっちの話だ」
三上はそれだけ言うと、早々に受話器を置いた。
◇
「茜君、さっきのテープ。誰が持ち込んだか記録は?」
受話器を置くなり、三上は社員に声を掛けた。
「あ、はい。おそらくこちらに・・・かなり前でしたよね」
社員が棚を探し始める。
「えーっと、この棚かな・・・」
ファイルを一冊。
もう一冊。
「あ、これですね」
三上が身を乗り出す。
「木崎祐二・・・」
「連絡先は・・・・・・」
「よし、メモしてくれ」
「はい」
「少し出かけてくる」
三上は踵を返しかけて。
止まった。
「いや」
振り返る。
「まず電話するか」
突然。
今さら押しかけても印象が悪い。
何ヶ月も放置していた。
しかも。
巷では、すでに有名らしい。
「・・・まずいな」
完全に出遅れている。
「あのー・・・三上ディレクター?」
「ん?」
「あの・・・」
「あぁ、ちょっと予定変更だ」
三上は腕を組む。
「作戦タイムと行こうではないか」
「いえ、テープです」
「え?」
「え?」
「いえ、テープ」
社員が指を差す。
「ほら、先日聞いていらっしゃった、おっさんのテープ」
「・・・うん」
「あれ、貰えるんですよね?」
「えっ??」
三上は思わず聞き返した。
「おっさん欲しいの??」
「はい」
茜は真顔だった。
「あの歌声がどうしても・・・」
「・・・・・・」
三上は言葉を失った。
世の中。
分からないものだ。
「あっ。。。ごめん」
「はい?」
「さっき知人に渡してしまったよ」
「えーーーーーーーーーーー」
事務所に声が響いた。
「ダビングは!?」
「な・・・い・・・」
「返してください!」
「えっ」
「私が貰っていいって話でしたよね!」
「いや、まあ・・・」
「取り返してきてください」
「・・・・・・」
三上は完全に押されていた。
「あっ、、ああ、、そうだ」
そこで。
ふと思い出す。
「女性の方だったな。ヤツが必要なのって」
「はい?」
三上はすぐに電話を取った。
もう一度、知人へ連絡する。
呼び出し音。
一回。
二回。
繋がった瞬間。
『三上さん!!』
「うおっ」
いきなりだった。
『何ですかこのテープ!!』
三上は電話を耳から少し離した。
『確かに劣化していないのをお願いしましたよ!』
「ああ・・・」
『でも、いくら何でもコレはひどいじゃないですか!』
「いや、それは・・・」
『なんての聞かせるんですか!』
「すまない」
『吹き替えですか!? 嫌がらせ!?』
「違う違う」
『曲はいいです!』
「だろ?」
『探していた歌い手のものと、おそらく同じ作曲だと思いますから』
「そうなんだよ」
『でも、ひどいですよ!』
「・・・・・・」
『隠蔽のためって、声まで変えるなんて!』
三上は。
電話口から一方的にまくし立てられていた。
「いや、すまない」
言い訳する隙がない。
「ちょっとした・・・」
少し考える。
「いや、かなりの手違いでね」
『かなりですよ!』
「今すぐ君の求めていた物を寄越すよ」
『本当ですか?』
「ああ」
「すぐに、先ほどの場所へ持っていく」
『本当ですかぁ?』
電話の向こう。
まだ疑っている。
『三上さん、もう歌い手を囲ってるんじゃないですか?』
「囲ってない」
即答した。
『本当に?』
「本当だ」
『だって、これだけ良い曲ですよ?』
「だから困ってるんだよ」
『・・・それと』
「まだあるのか」
『このテープ聴いた、うちの社員何人か呆然として、今日使い物にならなくなったんですから』
「・・・・・・」
『呪詛ですか、これ・・・』
三上は黙った。
そして。
「いや、ほんとすまない」
自然と。
頭を下げてしまった。
電話を持ちながら。
◇
目の前にある、謎のテープ。
出所は確認できた。
数ヶ月前。
木崎祐二という青年が持ち込んだものだった。
どうやら直接、私を訪ねてきたらしい。
だが、その日は外出していたため、テープだけを預けて帰ったようだ。
あれから。
何度か、記録されていた連絡先へ電話を掛けている。
失礼があってはいけないと思い、なるべく夜間を避けて。
朝。
昼。
時間を変えながら、何度か電話をしてみた。
だが。
コール音が続くだけで。
繋がらない。
何故、直接訪ねないのか。
当初は、勇み足ででも訪ねるつもりだった。
だが。
木崎青年が書き残していたメモには。
住所が記載されていなかった。
そのため。
こちらから取れる連絡手段は、電話しかなかったのである。
「埒が明かないな……」
三上は。
改めて、残されていたメモへ目を落とした。
住所は無い。
木崎祐二。
電話番号。
そして。
『衝撃作です。必ず聞いてください!』
そんな書き込み。
「くそっ……」
三上は思わず呟いた。
「本当に衝撃作だったぞ……呪詛をまき散らす程度には!!」
困った。
電話は繋がらない。
住所も不明。
手掛かりらしい手掛かりは。
一本のテープと。
木崎祐二。
それだけ。
「……待てよ」
三上は顔を上げた。
「このテープ、すでにかなり出回っていると言っていたな」
なら。
方法はある。
「歩くか」
聞き込み。
出遅れてしまったが。
三上はこれでも。
ミリオン歌手を何人か輩出したディレクターである。
特殊なつてがなくても。
こういう時。
鼻がきく。
◇
それから。
三上は連日、聞き込みを続けた。
巷で出回っているテープ。
その所持者に。
「誰から貰った?」
「自分でダビングしたのか?」
「最初に聞いたのはどこだ?」
一人。
また一人。
何人も聞いて回る。
だが。
辿っていっても。
途中で途切れる。
誰かの友人。
そのまた知人。
店に置いてあった。
誰かが持っていた。
貰った。
ダビングした。
また、別の方向からも探りを入れた。
同業者ではない。
だが。
協力者はいる。
実際に音源を聴かせ。
「似たような曲調を作る作曲家はいないか」
「最近、こういう曲が持ち込まれていないか」
作詞についても同じだった。
同じフレーズ。
似たフレーズ。
言葉の癖。
とにかく。
心当たりを探った。
さらに。
都内の、分かる限りの録音スタジオ。
個人スタジオ。
貸しスタジオ。
片っ端から訪ね歩いた。
「今年に入って、このような女性ボーカルの録音はありませんでしたか?」
「グループでも構いません」
「持ち込みで録音した可能性は?」
途中変な話はきいた。
いい歳をしたおっさんが、若い女の子を連れてスタジオで録音していた、と。
だが。
結果は。
お手上げだった。
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