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妄想の歌姫を紹介しろと迫られても困る  作者: kawauso2017
第1部

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12/16

第10話 忘れられた歌姫

曲は覚えている。


声も、覚えている。


 あれ?


 思い出せない。あれほど、お気に入りの歌手だったのに?


「し、、篠原・・・・? なんだっけ?」


 確か、最後に見たのは、レッドカーペット歩いてたよなぁ・・ニュースで見た記憶があるんだが、速報まで流れてたはずなんだよねぇ・・。


 おかしい。


 思い出せない。


「痴呆・・・・?」


 いや、若年性痴呆ってあるよな・・・・。


 急に不安になった。


「俺は?」


 山吹互識。


 当然。


「友人だと思ってた部長は?いや、あれは友人だったよなうん、きっとそう。」


 大迫。


「ネットワーク部のうるさい奴」


 新田。


「よし。忘れてない」


 少なくとも、痴呆にはなっていないはずだ。


 なのに。


『どうされました?突然ブツブツと・・・』


 どうしても、あのボーカルの名前だけが出てこない。


 ど忘れか??直前の行動を繰り返せば・・・


「アオ、オレ直前に何してた?」


『痴呆ですか?』


「馬鹿にしてんの?」


『わたしに曲の制作依頼をしていました』


「・・・・・・・・」


「いや、その前だよ!」


『後ろの通りの電気街を物色されていました。』


『言い方!ひどいな、盗人みたいに』


「よし、引き返すか・・」


 電気街に足を戻す。


 騒がしいよなここ。CDやら宣伝やらTVやらで・・

 

 更に奥へと歩く。


 

 ガンガンと鳴る店頭のスピーカー。



 テレビから流れるCM。


 呼び込みの声。


 車の音。


 電車の音。


 右からも左からも、別の音が飛んでくる。


 ポケットから、もう片方の使っていなかったヘッドセットを取り出し、付けていなかった耳へ取り付ける。


「んー、、もっといいの買っとくんだった、せめてノイキャンがいるなぁ・・・だめだわ・・」


『何がでしょうか』


「周りが騒がしすぎる」


『ボリュームを上げます』


「うぉ・・やかましい!!音漏れがひどい、見ろ周りから見られてる!」


 慌ててボリュームを下げる。


 さっき取り付けた片方のヘッドセットを外す。


「これじゃ、まともに聞けんわ」


『より静かな場所へ移動することを推奨します』


「公園かなぁ、、この辺公園あった?」


『周囲1キロ圏内にはありません、約2キロほど北に小さな公園はあります。』


「うはー、遠いわ。そこに行っても誰かいたら面倒だし・・・・」


「まぁ、夜でいいかぁ、店なら夜人いないしな、以外と防音性能たかいんだよな」


「いや、それにしても思い出せないわ、誰だっけこのボーカル・・」


『・・・・・・・』


「俺の青春を返してくれ!」


『それは戻せません。何しろ心がおっさんですので。』


「・・・・・・・」


「おう、ショックで名字まで忘れてしまったわ・・」


『香坂です。忘れないでください』


「そりゃないわ・・・」


 その夜、営業が終わった後。


 寝泊まりしている店の一室で。


「じゃあさ」


 少し考える。



「俺がいた時代のアイドルが歌ってるような曲を……そうだな。一九九〇年でも違和感ない感じにして」


『具体的には?』


「そこを考えるのがお前だろ。あー……でも、リズムをこの時代風に。声も変えて」


『既存楽曲の複製ではなく、新規楽曲として生成します』


「そうそう。それで頼む」


 この時代のアイドルソングっぽい。




 でも、どこか違う。




 音の重ね方も、リズムも、歌い方も。


 注文通りだ。


 俺には専門的なことは分からない。


 ただ、一つだけ分かった。




「……普通にいい曲じゃねえか」


『ありがとうございます』


「もう少しテンポ上げられる?」


『可能です』


「サビ、もうちょい派手に」


『修正します』


「あと声。もう少し大人っぽく」


『注文多過ぎです。この声の方が合っていると提案します。』




 面白くなってきた。しかし、AIの反乱だろうか・・・時々言うことを聞かない、特に音楽・・



「じゃあ同じ曲、おっさんが歌ったら?」


『生成します、お任せください、既に参考音源は確保しました。』


「もっと渋い声」


『いえ、この声で問題ありません』


「ギター強め」


『変更します』


「おお……まるで昭和だ……」


「でも、なんか聞いたこと無いか??」


 楽しい。


 これは楽しい。


 気づけば一時間以上遊んでいた。




「お前、音楽だけ妙に有能だな」


『だけ、は余計です』


「株も競馬も教えねえくせに」


『禁則事項です』


「いや、何の規則だよ! まあいいや、次……」


『注文が抽象的です』


「お前なら分かる」


『そうですね。先ほど、音楽だけ妙に有能だと評価されましたので』


「根に持ってんの?」



 そんなやり取りが、いつの間にか日課になった。



    ◇



 数日後電気街で翠はカセットテープを物色していた。


「クロム・クロム・・・ハイポジ・・・」


「たっ、意外と高いな、ノーマルでいいか、アナログだしな」


「まさか、またカセットを買う日が来るとはなあ……」


『再生媒体として利用するのですか?』


「そういうこと」


『私は用済みなのですね』


「ちげーよ。容量不足で、この間勝手に曲消しやがっただろ!」


『・・・・・・・』


「お前、歌が無いから必要無いので消しました。ってさらっと言ったの忘れたのか?」


『記憶に御座いません。当時の会話はメモリーの上限で削除しております。』


「政治家か・・・・」


 問題は接続方法だった。


 当然、スマートフォン用のケーブルなんて売っていない。




「まあ、録れりゃいいか」




 夜、店のカラオケセットに、昼の間に購入したテープを差し込む。


「あれ? 入らん……向き逆か。なんか久しぶりで勝手が分からんな。しかも業務用……」


 普段使っているマイクをRecに差し直し、録音モードに切り替える。


 そして、マイクの前にスマートフォンを置く。


 音量を上げる。


 録音ボタンを押す。


 それだけだ。


 スマートフォンのスピーカーから流れた曲を、マイクでそのまま録音する。


 子どもの頃に何度もやった方法だった。


 テレビの歌番組を録音する、実に原始的な方法だ。


 録音を終えて巻き戻す。


 再生。


 サーッというテープ特有のノイズ。


 少し籠もった音。


 部屋の響きまで入っている。




「……ん?」


『どうしました?』


「こっちの方が味があるな? カラオケ録音したみたいだ……まぁ、カラオケなんだが・・・何言ってんだオレ」




 スマートフォンから直接聞けば、明らかに綺麗すぎる。


 だがカセットを通すと、その違和感が消えた。


 女性ボーカルも、どこかのスタジオで録ったデモテープみたいに聞こえる。




『音質は劣化しています』


「そこがいいんだよ」


『理解できません』


「理解しろよ。楽曲得意なんだろ。この時代風だ、この時代風」


『では次からノイズも混ぜます』


「やめろ!」


『負けません。』


「だから止めろ、ノイズを入れるな!」

 

 それから何曲か録音した。


 カセットのラベルには日付だけを書いた。


 自己満足。


 しばらくはそれで充実していた。

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