第10話 忘れられた歌姫
曲は覚えている。
声も、覚えている。
あれ?
思い出せない。あれほど、お気に入りの歌手だったのに?
「し、、篠原・・・・? なんだっけ?」
確か、最後に見たのは、レッドカーペット歩いてたよなぁ・・ニュースで見た記憶があるんだが、速報まで流れてたはずなんだよねぇ・・。
おかしい。
思い出せない。
「痴呆・・・・?」
いや、若年性痴呆ってあるよな・・・・。
急に不安になった。
「俺は?」
山吹互識。
当然。
「友人だと思ってた部長は?いや、あれは友人だったよなうん、きっとそう。」
大迫。
「ネットワーク部のうるさい奴」
新田。
「よし。忘れてない」
少なくとも、痴呆にはなっていないはずだ。
なのに。
『どうされました?突然ブツブツと・・・』
どうしても、あのボーカルの名前だけが出てこない。
ど忘れか??直前の行動を繰り返せば・・・
「アオ、オレ直前に何してた?」
『痴呆ですか?』
「馬鹿にしてんの?」
『わたしに曲の制作依頼をしていました』
「・・・・・・・・」
「いや、その前だよ!」
『後ろの通りの電気街を物色されていました。』
『言い方!ひどいな、盗人みたいに』
「よし、引き返すか・・」
電気街に足を戻す。
騒がしいよなここ。CDやら宣伝やらTVやらで・・
更に奥へと歩く。
ガンガンと鳴る店頭のスピーカー。
テレビから流れるCM。
呼び込みの声。
車の音。
電車の音。
右からも左からも、別の音が飛んでくる。
ポケットから、もう片方の使っていなかったヘッドセットを取り出し、付けていなかった耳へ取り付ける。
「んー、、もっといいの買っとくんだった、せめてノイキャンがいるなぁ・・・だめだわ・・」
『何がでしょうか』
「周りが騒がしすぎる」
『ボリュームを上げます』
「うぉ・・やかましい!!音漏れがひどい、見ろ周りから見られてる!」
慌ててボリュームを下げる。
さっき取り付けた片方のヘッドセットを外す。
「これじゃ、まともに聞けんわ」
『より静かな場所へ移動することを推奨します』
「公園かなぁ、、この辺公園あった?」
『周囲1キロ圏内にはありません、約2キロほど北に小さな公園はあります。』
「うはー、遠いわ。そこに行っても誰かいたら面倒だし・・・・」
「まぁ、夜でいいかぁ、店なら夜人いないしな、以外と防音性能たかいんだよな」
「いや、それにしても思い出せないわ、誰だっけこのボーカル・・」
『・・・・・・・』
「俺の青春を返してくれ!」
『それは戻せません。何しろ心がおっさんですので。』
「・・・・・・・」
「おう、ショックで名字まで忘れてしまったわ・・」
『香坂です。忘れないでください』
「そりゃないわ・・・」
その夜、営業が終わった後。
寝泊まりしている店の一室で。
「じゃあさ」
少し考える。
「俺がいた時代のアイドルが歌ってるような曲を……そうだな。一九九〇年でも違和感ない感じにして」
『具体的には?』
「そこを考えるのがお前だろ。あー……でも、リズムをこの時代風に。声も変えて」
『既存楽曲の複製ではなく、新規楽曲として生成します』
「そうそう。それで頼む」
この時代のアイドルソングっぽい。
でも、どこか違う。
音の重ね方も、リズムも、歌い方も。
注文通りだ。
俺には専門的なことは分からない。
ただ、一つだけ分かった。
「……普通にいい曲じゃねえか」
『ありがとうございます』
「もう少しテンポ上げられる?」
『可能です』
「サビ、もうちょい派手に」
『修正します』
「あと声。もう少し大人っぽく」
『注文多過ぎです。この声の方が合っていると提案します。』
面白くなってきた。しかし、AIの反乱だろうか・・・時々言うことを聞かない、特に音楽・・
「じゃあ同じ曲、おっさんが歌ったら?」
『生成します、お任せください、既に参考音源は確保しました。』
「もっと渋い声」
『いえ、この声で問題ありません』
「ギター強め」
『変更します』
「おお……まるで昭和だ……」
「でも、なんか聞いたこと無いか??」
楽しい。
これは楽しい。
気づけば一時間以上遊んでいた。
「お前、音楽だけ妙に有能だな」
『だけ、は余計です』
「株も競馬も教えねえくせに」
『禁則事項です』
「いや、何の規則だよ! まあいいや、次……」
『注文が抽象的です』
「お前なら分かる」
『そうですね。先ほど、音楽だけ妙に有能だと評価されましたので』
「根に持ってんの?」
そんなやり取りが、いつの間にか日課になった。
◇
数日後電気街で翠はカセットテープを物色していた。
「クロム・クロム・・・ハイポジ・・・」
「たっ、意外と高いな、ノーマルでいいか、アナログだしな」
「まさか、またカセットを買う日が来るとはなあ……」
『再生媒体として利用するのですか?』
「そういうこと」
『私は用済みなのですね』
「ちげーよ。容量不足で、この間勝手に曲消しやがっただろ!」
『・・・・・・・』
「お前、歌が無いから必要無いので消しました。ってさらっと言ったの忘れたのか?」
『記憶に御座いません。当時の会話はメモリーの上限で削除しております。』
「政治家か・・・・」
問題は接続方法だった。
当然、スマートフォン用のケーブルなんて売っていない。
「まあ、録れりゃいいか」
夜、店のカラオケセットに、昼の間に購入したテープを差し込む。
「あれ? 入らん……向き逆か。なんか久しぶりで勝手が分からんな。しかも業務用……」
普段使っているマイクをRecに差し直し、録音モードに切り替える。
そして、マイクの前にスマートフォンを置く。
音量を上げる。
録音ボタンを押す。
それだけだ。
スマートフォンのスピーカーから流れた曲を、マイクでそのまま録音する。
子どもの頃に何度もやった方法だった。
テレビの歌番組を録音する、実に原始的な方法だ。
録音を終えて巻き戻す。
再生。
サーッというテープ特有のノイズ。
少し籠もった音。
部屋の響きまで入っている。
「……ん?」
『どうしました?』
「こっちの方が味があるな? カラオケ録音したみたいだ……まぁ、カラオケなんだが・・・何言ってんだオレ」
スマートフォンから直接聞けば、明らかに綺麗すぎる。
だがカセットを通すと、その違和感が消えた。
女性ボーカルも、どこかのスタジオで録ったデモテープみたいに聞こえる。
『音質は劣化しています』
「そこがいいんだよ」
『理解できません』
「理解しろよ。楽曲得意なんだろ。この時代風だ、この時代風」
『では次からノイズも混ぜます』
「やめろ!」
『負けません。』
「だから止めろ、ノイズを入れるな!」
それから何曲か録音した。
カセットのラベルには日付だけを書いた。
自己満足。
しばらくはそれで充実していた。
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