第9話 失った未来
俺は、自分で思っていた以上に順応が早かった。
昼過ぎに起きて、繁華街や電気街をうろつく。
夜になれば檜山の店へ行き、いつものように通りに立って客を呼び込む。
暫く、そんな日が続いていた。
あれから正式に雇われた。
住む場所は相変わらず店の一室だ。
閉店後、客も従業員もいなくなった店で寝て、昼近くに目を覚ます。
もうすっかり慣れてしまった。
とはいえ、いつまでも檜山さんの厚意に甘えているわけにもいかない。
給料も少しずつ貯まってきた。
あと少しすれば、適当な部屋くらいは借りられるだろうが・・・・。
「アオ、そろそろ賃貸物件借りるか?」
『必要性が認められませんが?』
「いや、何時までも店に居候はかっこ悪いだろ」
『合理的ではありません。世間体を気にしていては、今の給与では生活できないと思いますが 』
「いや、まぁ、そう言われてしまってはみも蓋もないんだけど・・・・」
翠は少しため息をついた。
「もう少しの間世話になるかなぁ・・・すぐに追い出されたりはしないだろ」
『大丈夫です、客引きが上手いと言っていましたよ。 』
「あぁ、客引きは任せろ、人生のベテランだ既に・・」
『はい、おっさんでしたね、若作りの』
「最近、なんか口悪くなってないか?リセットするか?」
『そんな事実はけーっして御座いません。』
そんな会話を続けながらも、
日常に慣れてくると、時間を持て余すものだ。
いくら精神がくたびれた中年だとしても。
いや。
くたびれた中年だからこそ、余計に持て余すのだろうか・・。
もともとの趣味といえば、映画を見たり、Metubeを眺めたりする程度だった。
余り積極的に外出する方でもない。
会社でも、窓際族と決めてからは積極的に人間関係を広げるのを止めていた。
同期や同年代は次々と出世していった。
役職が上がれば付き合う人間も変わる。
気がつけば、友人と呼べる者も数少なくなっていた。
数人は出世した後も変わらず気さくに誘ってきたが・・・・。
「いや、あれも半ば利用されてたんじゃないだろうか・・」
思わず声に出して愚痴っていた。
『過去のメッセージからはそのように判断できます。』
「認識させるなよ、改めて思うと辛いなー」
店の誰もいない昼間。
そんな会話をするくらいには暇だった。
映画でも見に行くか。
映画館の前で何度も上映中のポスターを見た。懐かしい作品が其処彼処で上映されていた。
だが、この時代の映画なら、未来のネット配信やら何やらでかなり見てしまっている。
わざわざ映画館まで足を運ぶほどでもない。
Metubeは――当然ながら、まだ存在していなかった。
スマートフォンはある。
通信も何故かできる。
なのに、俺が暇を潰すために使っていたものの大半が、この時代にはまだ存在していない。
「なぁ、アオ、Metube再生してよ」
『元の時間軸に関する映像及び音楽をそのまま再生することは禁則事項です』
「またか、何の規則なんだいったい・・」
『わかりません』
「未来って便利だったんだなぁ・・・・」
『今更ですか?』
「失って初めて気づくものなんだよ」
そんな中、最近よく通うようになったのが電気街だった。
昼間の通りは、とにかく音が多い。
店先にはブラウン管テレビが何台も並び、それぞれ別の映像を流している。
ビデオデッキ。
「買ってもテレビが無い・・見たいメディアはあるのになんで店にテレビないんだ?カラオケの画面はあるのにさ・・」
ワープロ。
「おお、文○ おれ オア○ス派だったんだよね、親指シフト」
ミニコンポ。
「これ、昔もってたかなぁ。いやこれの後継機だよな、MD有ったし」
CDプレーヤー。
「CDって30数年たっても再生できるんだよなぁ、当時10年持たないとかきいたけど、都市伝説だったんだろうなぁ、でもプレイヤーが絶滅仕掛けか・・」
ラジカセ。
「こっちはとっくに絶滅済みだなぁ、、少し前に昭和ブームで再燃した?いや、テープがないんだ、生産して無かった気がする。」
「テープ買ってもどりゃ一儲けじゃねぇか・・・・・・・・戻れねぇし・・・窓際いやだなぁ・・」
少し奥へ入れば、無線機や電子部品まで並んでいた。
今の俺から見れば骨董品。
だが、ここでは全部新品だ。
店頭のスピーカーからは、ひっきりなしに音楽が流れていた。
アイドルの新曲。
オーディオ機器のデモ曲。
テレビから流れるCMソング。
どこかの店が勝手に作ったようなテーマソング。
少し歩くだけで、次から次へと違う音が耳に飛び込んでくる。
「賑やかだなぁ・・・・」
嫌いではない。
むしろ、何日も歩いているうちに、その音の洪水が少し面白くなってきていた。
そして、ふと思い出した。
「そういえば・・・・」
AIでの歌ってみたシリーズ。
流行ってたよなぁ・・・・。
「アオ」
『はい』
「音楽できるって言ってた?」
『はい。全くもって問題ありません』
妙に自信満々だ。
「じゃぁさ。スリップ前に流行ってた、○○風に歌ってみたとかってのできる?」
『余りにも抽象的です』
「んーーーーー」
そう言われても困る。
別に音楽を作りたいわけじゃない。
ただ、久しぶりに何か聞きたくなっただけだ。
「あ」
そうだ、やっぱ最初は・・
「じゃ、Apricotのデビュー曲さ。再生してよ」
『そのままでよろしいですか?』
「いや、少しアレンジして」
歩きながら記憶を辿る。
「あれ、あと数年だったよな? 一九九三年? いや、もう少し先だったっけ」
確か、かなりヒットした曲だ。
「Apricotって3人のグループで歌ってたけど、メインボーカルだけにして欲しいんだよね。他の声はいらない」
『承知しました』
「思い出の曲だから聞いてみたいんだわ」
数分後。
いつも片耳に付けている、ヘッドセットから、音楽が流れ始めた。
「・・・・おお」
思わず足を止める。
「ああ、懐かしい・・・・」
何十年も前に聞いた曲。
未来ではいつでも聞けた。
わざわざ探してまで聞くこともなくなっていた曲。
それが、まだ存在すらしていない一九九〇年の街で流れている。
しかも、記憶にあるものとは少し違う。
余計な声が消え、メインボーカルだけが前に出ている。
「そして、このボーカル・・・・いいよなぁ・・・・これこそ俺の青春・戻ってきたぞアオ青春が!!」
やっぱり好きだった。
歌い方も。
声も。
この人の声を使ってAIが歌って見たシリーズを何本もSNSにアップされてたなぁ、著作権大丈夫かよ・・
でも、色々聞いたわーホント好きだったなぁ。懐かしい
ふと、涙が流れる・・
「なんだっけ、名前」
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