バッドエンド:もし救出任務が出なかったら
IFです
もし、あのとき救出任務が出なかったら。
ハーゼンは日没まで、救命筏の上で発信を続けていた。
南西の空に味方機は現れない。
北東の高空には、一番槍の識別信号だけが残っている。
夜になると風向きが変わった。
小さな帆を開いた筏は、エスティマ側の内地ではなく、ゼアの警戒海域へ流され始める。
このまま乗っていれば、夜明けには敵の哨戒艇に発見される。
ハーゼンは非常食と飲料水を救命胴衣へ結び、発信機を外した。
筏の帆を畳もうとしたが、留め具が波をかぶって固着している。
何度試しても動かなかった。
ハーゼンは内地の方角を確かめ、海へ入った。
筏より泳いだほうが、少なくとも自分で進む方向を選べる。
合理的とは言いがたい。
それでも、敵地へ運ばれるのを待つよりはましだった。
高空で、一番槍は小さな人影が筏から離れるのを見ていた。
『エスティマ航空隊へ。
貴隊の搭乗員は、まだ海上にいる』
救難周波数に返答はない。
『位置情報を送る。
受信しているなら迎えを出せ』
雑音だけが返った。
一番槍はハーゼンとの決闘を望んでいた。
だからといって、海面の相手を拾い上げて捕虜にすれば、次に空で会う機会を自分で奪うことになる。
ゼアの救難艇を呼べば、ハーゼンは敵軍の収容者となる。
一番槍はエスティマの機影を待った。
一時間。
二時間。
夜の海に味方の灯火は現れなかった。
『部下に名乗りを守らせておきながら、落ちた者は拾わないのか』
返事はない。
一番槍の声から、戦闘中の楽しげな響きが消えた。
『失望したぞ、エスティマ』
燃料の限界を迎えた専用機が、北東へ去っていく。
ハーゼンはその声を聞いていたが、答える余力はなかった。
救命胴衣に身体を預け、波が収まるたび南西へ腕を伸ばす。
暗闇では星を、夜明けからは太陽を目印にした。
漁船に拾われたのは、二日目の午後だった。
漁船はエスティマ内地の港へ向かっていた。
ハーゼンは船倉で水を飲み、眠り、港へ着くと所属と階級を申告した。
元の所属に帰還するかは誰も知らない。




