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航空騎士道法

救出隊が発艦したあと、俺は艦橋でハーゼンの発信位置を見つめていた。


前世の知識からすれば、脱出した搭乗員を攻撃しないことも、可能なら救助することも特別な美談ではない。

戦闘能力を失った者を保護する。

捕らえたなら治療し、身分を確認し、捕虜として扱う。

少なくとも建前では、それが現代の戦争に置かれた最低限の線だった。


この世界でも、その線は旧航空騎士道法から通常戦闘規定へ引き継がれている。


それなのに俺は、法的な保護と名乗りや決闘の慣習をひとまとめにして、時代遅れの儀礼だと読み飛ばしかけた。


『救難一番より本艦。

捜索区画へ到達。

発信機を断続受信』


戦術卓に捜索線が描かれ始める。



同じころ、救難飛行艇の上空では、ハーゼンの所属する本隊四機が円を描いていた。


『隊長。

北東、高高度に一機』

『識別は』

『ゼア軍、一番槍……すでに識別圏内です』


隊長は救難周波数へ切り替えた。


『エスティマ航空隊、救出隊指揮官。

海上の脱出搭乗員を捜索中。

一番槍、そちらの目的を告げろ』


返答はすぐに来た。


『ゼア軍航空隊、一番槍。

単なる野次馬だ』


一番槍が見届けたいものは二つあった。

好敵手と認めたハーゼンが海で終わるのか。

そしてエスティマが、落ちた搭乗員を連れ戻す艦なのか。


どちらも口に出すことではない。

一番槍はロケットポッドを外側へ向け、救難空域の上に留まった。


若い護衛機、カイ・ノルデン少尉の疑問が通信に入る。


『敵が見ている前で着水させるんですか』

『そのための護衛だ。

名乗りは安全の保証じゃない。

そこにいる者の所属と目的を、記録へ残すためのものだ』

『では、一番槍が襲ってきたら』

『ノルデン、お前は一番槍を見張れ。

救難機へ向かってきたら、ハーゼンの盾になるのは俺たちだ』


隊長は高空の機影を一度だけ見た。


『だが、あれでも空の世界では名の通ったエースだ。

自分から、その名の信頼を失墜させはしないだろう』

『信用しているように聞こえます』

『信用するから警戒をやめるんじゃない。

警戒した上で、相手にも規則を守る理由があると見込んでいる』


飛行士たちが今も航空騎士道法と呼ぶ慣習は、敵を立派だと思い込むための決まりではない。

もし破れば、声紋と所属と名が記録に残り、本人だけでなく部隊の救難信号まで次から疑われる。

法的な保護とは別に、互いの信号を速やかに信用するための実務だった。


海上に小さな橙色が見えた。


『救難一番、筏を視認!』


飛行艇が降下する。

波へ艇体を当て、二度跳ねてから白い航跡を引いた。


筏の上で、ハーゼンが信号布を振っている。


飛行艇は風上から寄せた。

救難員が側面扉を開き、索を投げる。

一投目は波に流された。

二投目をハーゼンがつかむ。


『接触。

収容します』


索が縮み、ハーゼンの身体が扉へ引き上げられた。


『収容完了。

ハーゼン少尉、負傷なし』



艦橋に押し込められていた息が、一斉にほどけた。


俺は椅子の背へ体重を預けた。

自分が特別に人道的な判断をしたとは思わない。

救出すべき者がいて、救出できる戦力があった。

だから出した。

それだけのはずだった。



飛行艇の機内で毛布を渡されたハーゼンは、機長に最初に尋ねた。


「救出を命じたのは誰です」

「本隊隊長が嘆願して、艦長が即決した。

上の四機も帰投直後だ」


ハーゼンは開いた側面窓から護衛隊を見上げた。

そのさらに上を、一番槍の専用機が旋回している。


新任艦長は、旧法が飛行士の職業倫理として残る重みを知らなかった。

だが、知らないまま命令を押し通す人物でもなかった。


ハーゼンの中で、ブリーフィング以来保留されていた評価が、一段だけ上がった。


高空で一番槍が翼を振った。


『エルド・ハーゼン。

良い艦長を持ったな』


ハーゼンは救難周波数の送信スイッチを押した。


「まだ、そうかもしれないと思い始めたところです」


一番槍は笑い、北東へ機首を向けた。


今度こそ、その識別信号は空から消えた。


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