対誘導弾会議
作戦室の机には、三種類の記録が並べられていた。
火器管制レーダーの受信波形。
メガフロートから発射されたSAMの映像。
そして、一番槍が撃った赤外線誘導弾「結晶」の白煙を、甲板の記録機が追った映像である。
どれも航空機を追う誘導弾だった。
だが、同じ避け方が通じる兵器ではない。
「まず、メガフロートのSAMから整理します」
アーロン・ルクバル少佐が映写機を止めた。
壁には、ハーゼン機の後ろで弧を描く細いケーブルが映っている。
「弾体に標的を探す装置はありません。
地上の火器管制レーダーが航空機を追い、発射架の計算機が修正量を出す。
その命令を、このケーブルで弾体へ送っています」
「つまり、見る目と考える頭は地上に残っている」
俺が言うと、アーロン少佐は嬉しそうに頷いた。
「はい。
ですから、どちらかを潰せば誘導は止まります。
レーダーに見失わせるか、命令を届かなくするかです」
机の反対側で、テフ・ブラウン大尉が腕を組んだ。
「言うのは簡単だ。
今回はハーゼンが塔へケーブルを引っかけた。
平地の対空陣地には、都合のいい鉄骨などない」
「ケーブルを撃つのは」
若い飛行士が尋ねた。
アーロン少佐は首を振る。
「飛行中の線を機銃で切るより、弾体を直接撃つほうがまだ簡単です。
海面へ触れさせれば断線する可能性はありますが、毎回できる方法ではありません」
視線がハーゼンへ集まる。
彼は映像を見たまま答えた。
「発射された時点で、まっすぐ離脱しても追いつかれます。
追尾されている機体は、レーダーとの間へ何かを挟むしかありません。
その間に、別の機がレーダーを攻撃する」
故ユアン・リード中尉の実験二番機が行った方法だ。
追われた一機が生き残れたのは、反対側から接近したユアン機が火器管制レーダーを破壊したからだった。
だが、誘導を失ったSAMの自爆破片は、そのユアンを殺した。
「一機を囮にするのか」
テフ大尉の声が低くなる。
「囮として固定はしない」
俺は目標図へ線を引いた。
「追尾された機が遮蔽物へ逃げる。
ほかの機は散開するのではなく、レーダーの死角へ回る。
敵が追尾先を切り替えたら、攻撃役も切り替える。
誰か一人へ危険を押しつける手順にはしない」
テフ大尉は線を見てから頷いた。
「それなら訓練できる」
一つ目の対策が決まった。
複数方向から接近し、追尾を受けた機体とレーダーを攻撃する機体の役割を、その場で入れ替える。
だが、それだけでは、遮蔽物のない場所で最初に追尾された機体を救えない。
俺は前世の記憶を探った。
レーダーを欺く方法。
電波を妨害する。
反射を増やす。
速度差を消す。
知識として名前は出てくる。
だが、この世界の装置で作れなければ意味がない。
「薄い金属箔を、空中へ大量に撒いたらどうなる」
アーロン少佐の手が止まった。
「金属箔、ですか」
「レーダーは金属からの反射を拾う。
機体の周囲に反射物を増やせば、追尾を乱せないか」
口に出しかけた前世の名称は飲み込んだ。
チャフ。
この世界に同じ発想があるかも分からない言葉だけを出しても、説明にはならない。
アーロン少佐は白槍の包装材を手に取り、細い帯になるよう指で折った。
「可能性はあります。
ただの破片では反射が弱い。
敵レーダーの波長に合わせた長さへ切れば、アンテナのように強く反射するはずです」
「周波数を変えられたら」
ミレアが尋ねた。
「長さの違う箔を混ぜます。
重量は増えますが、アルミニウムなら希少金属は不要です。
散布器も、熱源弾の投射器を改造できるでしょう」
アーロン少佐は新しい紙を引き寄せた。
「箔の幅、長さ、落下速度、散布密度。
火器管制波の記録から候補を出せます。
いえ、実際に本艦のレーダーへ撒いて試しましょう。
どの程度表示が崩れるか、その場で測れます」
話す速度が上がっている。
俺が危うさを感じたのは、前世の言葉を知られたからではない。
わずかな説明から、アーロン少佐がこちらの知識を追い越す勢いで実物へ近づいているからだった。
「艦長」
アーロン少佐が顔を上げた。
「この方法を、以前どこかで試されたのですか」
作戦室が静かになる。
ミレアだけが資料から目を上げ、俺を見た。
兵器概論の授業を境に、俺の知識が変わったことを知っている目だった。
アーロン少佐は、答えを待ちながら包装材の帯を指先で回している。
ただ出所を尋ねたのではない。
どこまで知っているのかを測ろうとしていた。
「仮に試したことがあるとして、少佐なら次に何を聞く」
質問へ質問を返すと、アーロン少佐はわずかに笑った。
「散布量と、有効だった周波数です。
次に、箔が機体と同じ速度で動かないことを追尾装置が見抜くまでの時間。
それから――失敗例を」
最後の一つだけ、声が遅くなった。
成功したという話だけを持っているのか。
原理だけを知っているのか。
あるいは、実際に使われた兵器体系まで知っているのか。
質問を重ねれば、俺の答えの輪郭から逆にそれを読める。
「どれも答えられない。
少なくとも、この艦のレーダーと、この空の磁気擾乱に対する数値は持っていない」
俺は包装材を指した。
「だから、少佐がいま出した問いを試験項目にする」
アーロン少佐の視線が、俺から金属箔へ戻った。
追及をかわされたと理解した顔だった。
同時に、使える課題を渡された技術者の顔でもある。
「理屈から思いついただけだ。
使えるかどうかは、いま少佐が確かめる」
嘘ではない。
この惑星の磁気擾乱と、ゼアの火器管制レーダーを相手に試した経験は、前世の俺にもなかった。
「承知しました。
では、使える形にします」
アーロン少佐は追及せず、計算へ戻った。
俺は息を吐いた。
今後、彼の前で知識を口にするときは、名称だけでなく、その知識がどこまで確かめられているかにも注意する必要がある。
彼もまた、次は別の角度から尋ねるだろう。
互いに知識は必要だった。
だからこそ、どこから得た知識かを明かさない俺と、答えの境界を測ろうとする少佐の会話は、これで終わりにはならない。
会議は続いた。
金属箔はレーダーを完全に消す道具ではない。
反射の雲を作り、その中から本物の機体を選ぶ時間を敵へ強いるものと位置づけられた。
ハーゼンが使った遮蔽物も、山、建物、海面反射へ置き換えて手順化する。
火器管制波を受けた機体は警報と方位を全機へ共有し、直線では逃げず、地形を背負う方向へ移動する。
追尾されていない機体は、発射架ではなくレーダーを優先して攻撃する。
「結晶のような赤外線誘導弾には、金属箔は効きません」
アーロン少佐が、もう一つの映像を示した。
「こちらは熱源弾、出力操作、急旋回で対処します。
誘導方式を見分けず、覚えた回避だけを繰り返すのが一番危険です」
万能な対策はなかった。
だから、警報の種類、白煙、ケーブル、追尾波を見分け、使う手順を選ぶ。
最後にミレアが決定事項を読み上げた。
「火器管制波の共有。
多方向からのレーダー制圧。
金属箔散布器の試作。
地形を利用した追尾切断。
誘導方式別の回避訓練。
以上を、次のメガフロート攻撃までに暫定手順としてまとめます」
完全ではない。
それでも、最初の一発を見て逃げるしかなかった状態から、航空隊全体で対抗するところまでは進める。
金属箔散布器の試作はアーロン少佐が引き受けた。
ハーゼンはSAMの映像分析へ回り、警報を受けてから誘導を断つまでの動きを、訓練手順へ落とし込むことになった。
そのとき、作戦室の扉が開いた。
通信士が暗号電文をミレアへ渡す。
彼女は発信元と認証符号を確かめ、俺の前へ置いた。
エスティマ上層部と周辺国連合司令部の連名だった。
メガフロート――ゼア第12学園都市海上掘削区画が、民間施設を装いながらSAMを運用していた事実。
レイ第1領側へ延びる坑道。
中央格納区画と軍需生産設備。
スペクトルが持ち帰った記録は、連合軍による制圧作戦を承認する根拠になった。
「次の攻撃は中止だ」
全員が俺を見る。
「第12学園都市の制圧は、後続の連合軍へ引き継がれる。
本艦は占領任務に残らない」
テフ大尉が尋ねた。
「では、どこへ」
俺は電文の最後を読み上げた。
「補給終了後、沿岸防空圏を通過。
ゼア内地へ進出せよ」
壁には、いま決めたばかりのメガフロート攻撃経路が残っている。
ミレアがその図を外し、ゼア大陸の地図へ替えた。
海上の一点を囲んでいた線が消える。
代わりに、沿岸から内地へ伸びる長い進路が現れた。
対誘導弾会議の結論は、メガフロートに対して使われることなく終わった。
対策が無駄になったわけではない。
俺たちが目標を調べ、答えを持ち帰ったことで、次に問われる場所が変わったのだ。
スペクトルの最初の強行偵察は成功した。
そして成功したからこそ、俺たちは沿岸の向こうへ進むことになった。




