一番槍の決着
最初の機体が着艦索を捉えた。
甲板員が主翼を押さえ、停止した機体を前部昇降機へ運ぶ。
その横では、次の機体を迎えるために着艦索が張り直されていた。
メガフロート攻撃隊は、採掘設備を破壊した代わりに、弾痕と空になった燃料槽を持ち帰っていた。
スペクトルは速力を上げて風上へ向かっているが、飛行甲板へ降ろせるのは一度に一機だけだ。
ハーゼンは着艦の順番を待ち、母艦の左舷上空を旋回していた。
『三番機、進入を継続。
四番機以降は待機』
甲板管制の声へ、レーダー員の報告が重なった。
『本艦より全機。
北東、高高度に反応四。
距離四十二キロ、接近中』
攻撃隊の間に緊張が戻る。
いま襲われれば、着艦中の機体は速度も進路も変えられない。
甲板上には燃料の残った機体が並び、収容を中断すれば、待機中の機体から先に燃料が尽きる。
『識別信号を受信。
ゼア軍航空隊』
続いて、先頭機のコードネームが読み上げられた。
『一番槍』
ハーゼンは北東を見た。
まだ機影は見えない。
だが、四つの反応のうち一つだけが、補助ロケットを使ったように前へ出た。
『スペクトルより攻撃隊。
着艦作業は継続する。
待機機は母艦上空を離れるな。
敵機が攻撃姿勢に入れば迎撃せよ』
艦長の命令が終わると同時に、共通周波数へ声が入った。
『ゼア軍航空隊、一番槍。
エルド・ハーゼン、いるな』
前方の雲を突き抜け、一番槍の専用機が現れた。
三機の僚機はさらに後方で速度を落とし、スペクトルの防空圏へ入らない位置に留まっている。
一番槍の翼上には、見慣れたロケットポッドがあった。
その下に、見覚えのない弾体が一本だけ吊られている。
白槍より細く、外板には水晶を重ねたような角張った覆いがついていた。
先端の透明な窓の奥で、冷却器から漏れた白い気体が流れている。
「ハーゼンより一番槍。
こちらは着艦中だ。
決闘を受ける余裕はない」
『先ほどの誘導弾回避は見事だった。
その動き、参考にさせてもらおう』
一番槍の機体が、ハーゼンの旋回円の外側へ入った。
『だが、その前に、まぐれでないか試させてもらう』
「ただ決闘したいだけだろう」
『……僚機だ。
手は出さん』
答えになっていない。
一番槍の機首がハーゼンへ向いた。
『第12学園都市製、冷却シーカー搭載赤外線空対空誘導弾――IRAAM、結晶。
試験弾は一本だけだ』
『本艦よりハーゼン。
着艦順序を最後へ回す。
回避を優先しろ。
ほかの待機機は本艦上空を維持、一番槍の僚機を警戒』
「了解」
角張った弾体が翼下から落ちた。
半秒後、尾部が点火する。
ハーゼンは一番槍ではなく、結晶を見た。
メガフロートのSAMにあった誘導ケーブルはない。
地上からの追尾波も来ない。
弾体自身が、冷却された先端の目で機体の熱を追っている。
警報音が鳴った。
ハーゼンは結晶へ機首を向け、出力を上げた。
正面から近づけば、距離は一気に縮まる。
誘導弾の先端がこちらを向き、白煙の線がほとんどまっすぐになる。
衝突する直前、ハーゼンは機体を右へ倒した。
結晶も曲がる。
操縦桿を引き続ける。
視界が暗くなり、肩が座席へ押しつけられた。
結晶はハーゼンの後方へ回り込もうとし、白煙を急角度に折り曲げる。
一度では外れない。
ハーゼンは旋回を解き、今度は左へ切り返した。
誘導弾は右旋回を止め、反対へ機首を振る。
そのたびに大きな翼が空気を受け、速度を失っていく。
SAMを避けたときとは違う。
引っかける鉄骨も、追尾を遮る塔もない。
それでも、誘導される弾が無限に曲がれるわけではなかった。
ハーゼンは白煙の曲がり方を見た。
最初の切り返しより、二度目の反応が遅い。
弾体の速度が落ち、旋回半径が広がっている。
三度目は、誘導弾が曲がり始めるまで待った。
結晶の機首が右へ動く。
ハーゼンは左へロールし、出力を絞りながら急降下した。
結晶は遅れて向きを変えた。
だが、速度を失った翼は機体を支えきれない。
白煙が波打ち、弾体が横滑りする。
海面へ落ちる直前、信管が作動した。
白い爆発が開き、破片が海へ円を描いた。
『回避を確認』
母艦からの声を聞いても、ハーゼンは一番槍から目を離さなかった。
一番槍の機体は旋回を続けている。
ロケットポッドにはまだ弾があり、機銃も残っている。
だが、機首はこちらへ向かなかった。
『まぐれではなかったな』
「次はそちらが避ける番か」
『そうしたいところだが、時間切れだ』
一番槍の声から、戦闘中の笑いが少しだけ消えた。
『我々は今日で沿岸を離れる。
第12から受け取った試験弾の記録も送った。
連中も、もう私の翼へ誘導弾を増やせとは言わないだろう』
「次はどこへ行く」
『敵へ配属先を教えるほど親切ではない』
もっともな答えだった。
『だから、いま決着をつけておきたかった』
ハーゼンは燃料計を見た。
着艦待機に使える時間は残り少ない。
眼下では次の機体が着艦索を捉え、甲板員が退避の合図を送っている。
「こちらは帰還までが任務だ」
『知っている。
お前は最初からそうだったな』
一番槍が翼を振った。
『決着は預ける。
次に同じ空へ上がれたら、そのとき返せ』
専用機が補助ロケットを点火する。
僚機三機が動き、一番槍を先頭に逆V字を作った。
編隊は第12学園都市のある北東ではなく、ゼア内地へ続く北西へ機首を向ける。
『一番槍より蜻蛉。
生きていろ』
「そちらも」
通信が切れた。
一番槍は振り返らなかった。
*
第12学園都市の格納庫には、まだ多くの試験弾が残っている。
飛行士の腕より、発射記録と命中率を先に求める技術者たちの空気は、最後まで気に入らなかった。
沿岸の後任には、十手という飛行士が来るらしい。
敵の視界を奪い、追わせてから後ろへ撃ち、決闘より任務を優先する。
勝つためなら搦手を厭わないと聞いている。
一番槍は、まだ会ったことのない相手を思い、操縦桿を握り直した。
気が合うとは思えなかった。
後方では、ハーゼン機が着艦進入へ入っていた。
二人の決闘に勝敗はつかなかった。
それでも、沿岸の空でつけられる決着は、これで終わった。




