11. 全域警告
予報円は、三日かけて七ツ峰へ寄ってきた。
朝に新聞を広げ、昼にテレビをつけ、夜に気象庁の図を見る。老人の一日としては、上等な予定である。円の中心が動くたび、私は野帳の隅に日付と位置を書く。三十七年、雨の図と睨み合ってきた目だ。読めるからこそ、始末が悪い。
円が七ツ峰を呑んだのは、火曜の夕方である。
最接近は木曜の未明から昼。総雨量は、多いところで三百ミリという。梅雨の百八十ミリで、二十六層の第三排水は死んでいた。三百ミリが、どういう数字か。
止める根拠なら、ある。予想総雨量三百ミリと、三年ぶんの点検の空白。この二つで、私は入坑を止めたい。
――問題は、私に「どこが保たないか」が言えないことである。
言えるなら書く。三年前の図面なら、頭の中にそっくり入っている。だが、この三年で人の手が入り、迷宮のほうも育った。どの排水が生きていて、どの支保工が錆汁を垂らしているか。それを確かめる目を、私は持たない。
名指しできない警告は、これまでの【所見】と同じ札では出せない。言い切れないことは、言わない。三十七年、それで通してきた。
湯呑みの茶が冷めていく。老眼鏡を外し、目頭を押さえる。
――二十二年前の私も、そうだ。
増やすべきです、と言った。言って、それから黙る。言い切れる根拠がないという、まさにその一点で、私は口をつぐんだのだ。そして図面に、判を押している。
あのとき私は、言い切れないことを、黙る理由に使ったのである。
「じいちゃん。書かないの?」
翔真が、いつのまにか横に座っていた。膝を抱えて、画面ではなく私の顔を見ている。
「……根拠がない」
「じゃあ、根拠がないって書けばいいじゃん」
子どもは、時々、恐ろしいことを平気で言う。
「そう簡単ではない。私の書き込みは、当たると思われている。当たると思われているものに、名指しのできない一行を同じ顔で混ぜたら、これまでの六十二件が、まとめて眉唾になる」
「じゃあ、名指しできませんって書けばいいじゃん」
「……書けばいい、か」
「じいちゃんの書き込みって、いつも【所見】って付いてるじゃん。あれ、変えれば?」
私は湯呑みを置く。置いてから、しばらく手が動かなかった。
断言する札と、断言しない札。混ぜないことが、信用の機構である。
――札を、分ければいい。
そんな簡単なことに、三十七年、私は気づかずにきたらしい。いや、気づく必要がなかったのだ。図面の世界には、断言しか書かない。「たぶん危ない」と書いた図面で、人は掘れない。
だが、ここは図面ではない。
私は人差し指を、ゆっくり動かした。
「【勧告】明後日の入坑は、全区画お控えください。判断の根拠は二つです。予想総雨量は三百ミリ。第七の排水系は、この三年、点検の記録がありません。ただし、どこが保たないかを名指しする根拠は、私にはありません。これは事実の言い切りではなく、安全側の判断です。それでも書きます。――烏口」
送信する。指の先が、少し冷たい。
「じいちゃん、それ、めっちゃかっこいい」
「かっこよくはない。負けを認めた文だ」
「負け?」
私は画面から目を離さずに答える。
「どこが壊れるかを言い当てられません、と書くのは負けだ。……負けたまま、止めているだけだよ」
コメント欄の反応は、正直だった。
『根拠ないって自分で言っちゃうんだw』
『でも烏口が根拠ないって言うの、初めてじゃね』
『所見じゃなくて勧告になってる』
気づく者は、いる。ノギスの投稿が、すぐに続く。
「補足する。烏口氏の書き込みは本日より二型になった。【所見】=事実の言い切り。根拠と検証方法を添える。【勧告】=安全側の判断。判断の根拠は示すが、危険箇所の名指しはしないと明記する。両者を混同しないこと。断言の信用を守ったまま警告を出すための分離である」
定規で引いたような文が、私の意図をそっくり書き写している。この人は、たぶん相当に頭がいい。
同じ日の午後、ディグリードが発表を出した。
「七ツ峰は三連休、通常営業といたします。入坑可否は当日の現地状況により判断いたします」
三連休。夏の書き入れ時である。休めば数千万が飛び、パートの人の勤めも減る。判断を当日に送るのも、間違った文ではない。書いた人は、たぶん胃が痛い。
流れを変えたのは、その夜だった。
黎明の配信で、大峰がカメラの前に立つ。後ろに隊の全員が並んでいる。
『うちは、明後日から三日、休みます。予約も全部返します』
『えっ』『三連休潰すの?』『売上……』
『烏口さんが勧告を出したので』
大峰は、そこで一度言葉を切る。
『どこが壊れるかは言えません、って本人が書いてました。……でも、止める理由のほうは二つ、ちゃんと数字で書いてある。言えることと言えないことを、あの人は毎回きっちり分ける。分ける人の「やめとけ」は、重いんですよ。……それに、うちには滝の借りがあるんで』
その晩のうちに、中堅どころの隊がいくつも自主休業を出した。名前も知らない配信者たちが、順に「休みます」と書いていく。三日の売上を、それぞれの理屈で捨てていくのだ。
私は、その並びをずっと見ていた。
書き込みは、一行である。一行が、人の三日を動かす。恐ろしい話だ。二十二年前、私は判を押した。紙に朱を落とすだけの作業が、人の生き死にの側まで届いてしまうことを、私は知っている。あれは判で、これは一行で、重さは変わらない。
台所から、千夏が顔を出す。
「お父さん。明日、うち泊まっていい? 停電したら、ここのほうが古いぶん強いでしょ」
「電気は同じだ。ただ、雨戸がある」
「じゃあ雨戸のために行く」
娘は理由を作るのが上手い。母親に似てきている。
「その言い方、母さんそっくりだぞ」
「褒めてる?」
「褒めている」
翔真が「やった」と小さく言った。
水曜の夜、風が出る。
私は最後の巡回をした。明日の朝から入る予定を出していた配信は、ほとんどが取り下げられている。ほとんどが、である。
一つだけ、明るい予告が残っていた。
『【ファミリー企画】夏休み! 親子で行く第七迷宮・キラキラ観光ツアー(五層・三種ライセンスOK)』
サムネイルの中で、小学生ぐらいの子どもが二人、ヘルメットをかぶって笑っている。
五層。観光整備区画。手すりがあって、照明があって、床が平らな、いちばん安全な場所だ。
――三十年前、私が、子どもの足で歩けるように引いた場所である。




