006【古戦】
(少し怖い描写があります。苦手な方は飛ばしてください。)
〖神暦・2045年 11月16日〗
(今から、約1200年前)
日記の筆者『帝国近衛軍の隊長』
場所「雨の森」
《今日は皇帝様のご命令で、■■■■の討伐に向かっている。
だがしかし、どうなるかは検討がついている。》
私は今、鎧を着て、剣を持ち、馬に乗っている。
周りには、二百人余りの兵が歩いている。
「隊長、雨の森が見えました。」
前方の歩兵が私に報告した。
「うむ。 魔術師隊よ、森の地図はつくれるか?」
私の右に付いて歩いている数十人の魔術師に尋ねた。
「「はい。」」
魔術師の皆が返事をし、各々の杖を空へ突き上げた。
「「周辺地形図面化」」
彼らの杖から、強い光が空へ向かって放たれた。
ピッという音とともに、光が途切れ一人の魔術師の前に一つの紙が出現した。
「出来ました。」
その魔術師が言った。
早いな。
彼が紙…森の地図を差し出してきた。
「助かる。」
その魔術師に返事をして、地図を見た。
「ふむ。少し進んだ場所に、開けたところがあるな。奴はそこにいるに違いない。行くぞ!皆の者!」
私は、腰に刺している剣を引き抜き、前に突き出した。
「「「おー!」」」
こうやって士気を高めなければ、後の戦いに支障が出る。皇帝様がそう教えてくれたのは、私が隊長に任命される直前の親征のことだった。右側を守備する私に頼もしい笑顔を向けて、そう教えてくださった。
数分後
道なき道を何分か進み、やっと森の入り口に着いた。
「やっと、ついたぞ。」
一人の歩兵が言った。
「ああやっと着いた。…というか隊長。俺たちは何を討伐しに来たんですか?」
私の左につく若い兵が尋ねてきた。
「解らない。」
返事をした。
「え、ちょ、解らないって?」
本当に解らないのだ。ただ存在する何か。
私たちは〈災害〉と呼んでいるのだが、それが人なのか、魔獣なのか、誰にも解らない。
ただ、一つだけ解る事がある。
〈災害〉が、自然現象や、神などではなく、生命体だという事。
「強いて言うなら、〈災害〉だな。」
その兵に返事をした。
「災害ですか。えっ、あの〈災害〉⁉」
兵が目を丸くした。
〈災害〉を知る者はそう少なくない。およそ百年前にこの世に姿を現し、悪逆の限りを尽くしている生命体だ。
「〈災害〉ですか。」
一人の兵が呟いた。
「私の兄の仇ですね。」
その兵の眼には、怒りや、悲しみ、それら全てを取り巻く感情が浮かび上がっていた。
「あなたのお兄さんも、〈災害〉の被害に?」
その兵へと尋ねた。
「ええ、10年前です。10年前、長い休みが取れて、久しぶりに兄を含めた家族がいる故郷の村に帰ったんです。
川を渡って、山を越えて、やっと着いたと思ったら、村が跡形も無く、消えていたんです。残っているのは大きなクレーターだけ。」
その兵が、少し俯きながら語った。
「その、すまぬ。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。今から殺しに行くんですから。」
その兵が少し笑った。
「そうか。」
笑顔で返事をしたが、私は知っている。
この場にいる全員、恐らく生きて帰れない。
〈災害〉の討伐に出向いて、帰ってきた者はだれ一人といない。
私も…いや、私達も例外ではないのだ。
「た、隊長! 開けた場所が見えてきました。」
先頭で指揮を執る副隊長が叫んだ。
いよいよか。
「見たところ誰もいませんね。」
一人の兵が言った。
「ああ。」
返事をした。
いや、何処かに何かが居る。
そんな予感がする。
その開けた場所の中央に着いた。
ポツポツ…ザー
突如、空がどす黒く曇り、雨が降り始めた。
どうやら私は生きて帰れないようだ。なぜかそんな気がした。
「み、見えました! 誰かいます。」
森の奥から、身長が160cmほどの人間が現れた。
黒いワンピースに、黒いフードを被り、16歳くらいの少女のような姿をしている。
フードから除く肌は白く、髪は黄金色。
目玉は赤く、瞳孔は黒い。
そして、白眼にはうっすらと緑がかっている。
その不思議な眼は、見ているだけで殺されるような錯覚が襲う。
「アレが〈災害〉ですかね?」
彼女から目を逸らぬまま、一人の兵が呟いた。
「そ、そうかもしれない。」
自分の唇が震えているのがわかる。
「こんにちは。兵隊さん。」
その少女が呟いた。
透き通り美しい声だが、どこか力がない。
「どうして人々は学習しないんだろうね。私を殺せないことは、分かりきっている事なのに、またこうやって邪魔をよこす。」
この時点で私は確信した。
彼女の魔力、動き方。
彼女が〈災害〉だ。
「総員。戦闘準備!」
私がそう叫んだ。
と、同時に先頭の、副隊長を含む三人の兵の首が飛んだ。
ドサドサドサッ
首のない三人が倒れた。
「じゃぁ、こっちはゴミ処理を始めますか。」
その少女が呟いた。
「ば、化物がっ! 死ね!」
一人の兵が槍を構え、突進して行った。
その槍を少女はなでるように受け流し、兵の心臓を魔法で貫いた。
これでも彼らは、帝国随一の戦士、近衛兵なのだ。
そんなエリート達を、彼女は赤子の手をひねるように…いや、呼吸をするように殺してゆく。
「グハッ」
一人の兵が刺され、目の前に血のしぶきが飛ぶ。
「ガハッ」
一人の兵の首が、魔法か何かで縛り付けられる。
「ウグッ」
一人の兵の胸に、彼女が投げた木の枝が突き刺さる。
……………………
この5分で…たった5分で、近衛団の人数は最初の半分以下になっている。
彼女と私達には、比べるまでもない差がある。
もうこんな光景は見たくない。
「総員、退避! 魔術師隊は、防御結界を張れ!」
もう戦うなど無理だ。
いや、戦いなんかじゃない。
ただの蹂躙だ。
私達は濡れた地面を蹴り、一目散に逃げ始めた。
「「防御結界!」」
魔術師隊が結界を張ったが、そんなことは意味がない。
ピシッ パリン
結界が割れた音がした。
「なっ」
馬を止め、うしろを振り向くと、もう、すぐそこにあの少女がいる。
「どうしてあなたたちは私を殺そうとするの? 別にこの頃は町を滅ぼしてはいないし、どこも襲っていないよ? あ、三日前くらいに通りすがりの冒険団を壊滅させたっけ? けれど、たった二百人だけだし…そんなことでは怒らないよねぇ。」
彼女は悪びれもなく魔術師隊、約三十人を、魔法で召喚した槍で刺し殺した。
「そうか、貴様は人間ではないのか。」
二百人を殺しておいて、それが「悪」だと言う理解がない。
彼女の思考回路は、人間と何一つ一致しない。
「まあね。」
彼女が空中をなでると、80cmほどの黒い剣が出現した。
その剣に装飾はなく、持ち手は白銀だ。刃だけが黒い。
「なぜ黒いのだ?」
思わず聞いてしまった。
「ん? ああ、生き物をずっと斬っていたら、この剣が相手の血を吸収して黒くなったの。」
吸収…?
「まぁいいや、死ね。」
彼女が目にも止まらぬ速さで、私の周りを一周した。
気がつけば、私の周りの兵、三十人余りの首が飛んでいた。
鎧を着ていたというのに、その鎧ごと切り裂かれていた。
「は?」
皆、足がすくんで逃げることができない。
残るは、私を含めて三十人程度しかいない。
「ん?」
何かの違和感に気が付いた。
血の匂いが消えた。これだけ殺されているのに…あ、吸収とは、そう言うことか。
周りを見ると、先程まで飛び散っていた兵の血が、あの剣に吸い寄せられて行っている。
「〈災害〉…か、」
一人の兵が呟いた。
いいや、これは〈災害〉なんてぬるいものではない。
〈天災〉だ。
ドドッド
鈍い音とともに、私以外の兵、全ての首が飛んだ。
「は?」
周りを見渡す。
「なぜ私だけ生かした?」
彼女へ尋ねた。
「皇帝への伝達役をしてもらおうかと思ったけれど、よく考えたら私の顔を見たもんね、殺さなきゃ。」
「…貴様、名前は?」
口が勝手に動いた。
なぜ彼女の名前を問うたのかは、自分でも分からない。
「メリーナよ。」
彼女が呟いた。と、同時に視界が反転した。
どんどん視界が狭くなって行く。
メリーナ、
〈天災のメリーナ〉
それが私の人生で最後に聞いた言葉だった。




