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第19話:デイジー

結婚式の翌日、俺はユングの両親を、ハンスの所に案内した。


「ハンス、元気そうで良かったよ」父であるホッホベルグ候がハンスに言葉をかけた。

「はい、元気にやっています」

周囲は、とんとん、かんかんと何かの作業にいそしんでいる音が響いていて賑やかだった。

「ハンス、実家に戻ってもいいんだよ、戻ってこないか」

「お断りします」

即答だった。俺はうれしいけど、それで本当にいいのか。


「ここは全く自由です、安全確認さえ怠らなければ、何をしても、誰からも何もいわれません。僕はこんなに自由で、楽しく過ごせたことはかつてなかったです。実家に帰れば、きっと誰かにいろいろ言われ、ここほど自由にできないと思います。私はここにいたいし、ここにいます」


その言葉で義父は何かを諦めたようだった。

「わかった、ハン殿、ハンスを頼みます」

「喜んでお引き受けします」


「ところで、あちこちにぎやかなんだが、今は何をやっているんだ」

「えーと、今は大きな開発はしていないんですが、ここで色々やっていると、色んな人がやってきて、勝手に研究しているんです」

「それは困らないのか」

「全く困りません、木工細工の人、石工の人、鍛冶の人なんかが集まって勝手に色んなことをしています。そこでなにか面白いと思えば、みんなが協力してその仕事に集中したります。凄く楽しいです。今は大きな結果ができていませんが、そのうちなにか出来ると思います」


「ハンスが賃金を出しているのか」

「お金なんか出していません。みんな勝手にここにきて、勝手に仕事しています。僕は、器具と場所を提供しているだけです。あとは材料をすこし提供しているくらいですかね」


俺は驚いた、ハンスに勝手に研究させていると、その自由な雰囲気に呼び寄せられるように、似たような技術者が、誘蛾灯のように勝手に集まってきているんだ。こんなすごいことはないぞ。


「そうそう、最近王都になんでか居られなくなった陶工がこちらに逃げてきて、僕の所に来ました。粘土は確保したので、今木炭を集めて、窯も作っています。もう少しで、ここで陶器が作れるようになると思います」

俺はまたも愕然とした、俺の領地で陶器が作れるようになるのか、陶器は、全部王都からの輸入品だった、ここで作れるとなるとかなり支出が減るぞ。なんてこったい。


「でも、今日会わせたい人はこの人です」

「ハンス、お前に妹なんかいたんだ」

「僕は末っ子です、妹なんかいません」


ハンスの隣にいる女の子はハンスにそっくりだった。その子は、茶色いくせっ毛をもつ、やせてメガネをかけた小柄な女の子だった。そばかすを除けばハンスに生き写しだった。


「まさか、お義父さん」俺は義父をふりかえった。

「わしは何もしとらんぞ」

「あなた」

「アンナ信じてくれ。全くの無実だ」

「お父さん、安心してください。この娘は、この近辺の村の娘で、僕とは全く血のつながりが有りません、他人の空似です」

「びっくりしたよ」


「驚くのはこれからですよ。この娘が、ここで研究したことを聞いてください」

「研究?この娘が」実際12-3才位にしか見えなかった。

「はい、研究です。デイジー、君から話してくれるか」


「はい、あたしはデイジーといいます、この近くの村の村長の三女です。もともと実家の周囲で細々と調べていたんですが、ここで何かやりたい人は、自由に研究できると聞きやってきました」

「来たら、本当でした。器具も資材も勝手に使っても、誰からも何も文句を言われませんでした。こんな楽しいことは今までありませんでした」

「デイジー、それはいいから、研究成果を頼む」ハンスが先を促した。


「大変すみませんでした。あたしは、村の畑により、収穫量が違うのはなぜなのかが気になっていたんです。森の土のようなフカフカの土が良いんだと思っていましたが、おんなじフカフカの土でも違いがあり、それはどうしてかと思い、考えました」

普通12才がここまで考えるか、この少女はただ者ではないんじゃないか。俺はそう思ったが、事実は想像を軽く超えた。


「そこで、あたしは、あちこちの土をなめてみました。そしたら、よく実る土は微かに酸っぱいような気がしました」

なめたんかよ。と思ったが、黙っていた。


「この子は感覚が鋭敏なんです、視覚、聴覚、そして味覚も凄く細かい違いが判るくらい繊細なのです」

「そこで、子供のころのあそびを思い出しました。朝顔です」

「朝顔?」

「朝顔の花のしぼり汁から作った色水に、酢をたらすと、青い色水が赤くなり、さらにそこに台所の木灰を入れるとまた青くなるという遊びです」


「そこから、酸っぱい物から、その反対の灰に代表される、酸っぱいものの反対の物があることが分かりました」

「これを酢度,反酢度となずけ、朝顔の色水の色から14段階に分類しました。また朝顔の色水をハンス度判定液となずけました」

「そこは酢度じゃあないんだ」

「ハンス度です」まっすぐな目でいわれた。こいつハンスを崇拝してるな。まあそこはどうでもいいけど。

「そこで、畑の土を水に溶かし、その水を、ハンス液で調べました」


なんか堂々とハンス液っていってるよ。まあ重要じゃないからいいけど。

「結果ハンス度6から7の間の土が一番作物が実ることが判明しました」

「あまり酢度が上がると、実りが良くないことも分かりました。いろいろなもののハンス度を計った結果、木灰と石灰が、酢度を和らげる効果があると判明しました。実際農場では、効果が出ています。この結果をまとめて書類にしますが、領内の畑に応用すべきかと思います」

デイジーが上気した顔で報告を終えた。


俺は驚いた、こいつは正真正銘の天才だ、12才どころか、大人だってこんなことはできっこない。本当の天才だ。

「ハンス、こいつは天才だ、この子を雇いたい。どうだ」

「ダメです、この子はおっしゃるとおり天才です。でも私もはばかりながら天才です。だから天才が嫌がることをよーくしっています。それは束縛されることです。ここが自由だから、誰にも命令されないから、ここで好き勝手に研究できるからここにいるんです。この自由を奪うと、みんな逃げますよ」


「うーん良くわかった。今まで通りにしよう。しかし予算と雑用をする人はつける。もっと人を集めろ。デイジーには束縛はしないが、権限のみ与える。ハンス実験工房の農業主任の肩書を与えるぞ。自由に研究していい」

「有難うございます」

ハンスとデイジーが笑顔で言った。

ホッホベルグ夫妻は唖然としてそのやりとりを聞いていた。

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