第三十四話 恋人らしいこと
# 第三十四話 恋人らしいこと
「……俺も、帰したくない」
その言葉を聞いた瞬間。
にちかは箸を持つ手を止めた。
胸が熱い。
苦しいくらい。
かずまは、こういうことを真っ直ぐ言う。
昔からそうだった。
でも。
今は、“恋人”として言われている。
それが、どうしようもなく嬉しい。
定食屋を出る頃には、外はすっかり夜だった。
駅前の明かりが、静かに滲んでいる。
「……どうする?」
かずまが歩きながら聞く。
「帰る?」
その聞き方が、少しだけ名残惜しそうで。
にちかの胸がまた締め付けられる。
「……もう少し、一緒にいたいです」
かずまが足を止めた。
「にちか」
「……はい」
「最近、ちゃんと言うな」
少し笑いながら言う。
でも。
その目は、すごく優しかった。
二人は駅前をゆっくり歩いた。
特に目的はない。
コンビニ寄って。
飲み物買って。
ただ並んで歩くだけ。
でも。
それだけで満たされる。
「なあ」
かずまが不意に立ち止まる。
「……はい」
「俺らさ」
少しだけ真面目な顔。
にちかは自然と息を止めた。
「恋人らしいこと、全然してなくない?」
心臓が跳ねる。
また急にそういうこと言う。
「……十分してると思いますけど」
「どこが?」
「その……手、とか」
言った瞬間、恥ずかしくなる。
かずまは吹き出した。
「かわい」
「うるさいです」
「でもさ」
かずまが少しだけ近づく。
夜だから。
周りに人はいるのに、少しだけ世界が狭く感じる。
「恋人って、もっとこう……」
言いかけて止まる。
その顔が少しだけ赤い。
にちかは目を瞬かせた。
「……なんですか」
かずまは数秒迷ったあと、小さく息を吐いた。
「キスとか、したい」
その瞬間。
にちかの思考が完全に止まった。
「っ……!」
顔が一気に熱くなる。
無理だ。
急すぎる。
心臓がうるさすぎる。
すると、かずまが慌てて笑った。
「いや、ごめん! 急に言いすぎた!」
「……びっくりします」
「だよな……」
かずまは困ったみたいに頭を掻いた。
でも。
そのあと、小さな声で続ける。
「でも、好きなやつとならしたいって思うじゃん」
真っ直ぐな声。
誤魔化さない声。
にちかは胸を押さえたくなる。
こんなの。
断れるわけがない。
でも。
恥ずかしい。
怖い。
嬉しい。
感情がぐちゃぐちゃになる。
すると。
かずまが少しだけ笑った。
「まあ、今日はいいや」
その言葉に、にちかは少し安心して。
同時に、少しだけ寂しくなった自分に気づく。
かずまはそんなにちかを見て、優しく目を細めた。
「……ほんと、わかりやすいな」




