第三十二話 隠せない
# 第三十二話 隠せない
「……恋人、なので」
その言葉を聞いた瞬間。
かずまは数秒、完全に固まっていた。
「……それ反則」
「え」
「今の絶対わざとじゃないのに破壊力ある」
耳まで赤くしながら言う。
そんな顔を見ていると、少しだけ安心する。
緊張しているのは、自分だけじゃないんだ。
繋いだ手は、しばらく離せなかった。
外階段。
誰も来ない昼休み。
春の風。
全部が静かで。
今だけは、会社の“同期”じゃなくて。
ちゃんと恋人だった。
「……なあ」
かずまが小さく指を動かす。
「はい」
「俺、今めちゃくちゃ幸せ」
胸がぎゅっとなる。
そんなふうに、真っ直ぐ言えるのがかずまだった。
にちかはまだ、そこまで素直になれない。
でも。
ちゃんと返したいと思う。
「……俺も」
小さく呟く。
かずまが少し目を見開いた。
「え、もう一回」
「嫌です」
「なんで!?」
思わず笑ってしまう。
すると、かずまもつられて笑った。
その空気が、嬉しかった。
午後。
会社へ戻ると、いつもの空気が戻ってくる。
社員たちの声。
電話。
キーボードの音。
二人は自然に距離を取った。
“会社では同期”
その約束を、ちゃんと守るみたいに。
でも。
問題は、自分だった。
かずまが隣にいるだけで、意識してしまう。
さっきまで手を繋いでいた。
恋人。
その事実が頭から離れない。
「にちかくん」
先輩に声をかけられ、肩が跳ねる。
「は、はい!」
「びっくりしすぎじゃない?」
周囲が笑う。
終わった。
絶対変だと思われた。
すると。
隣から小さく笑い声が聞こえる。
かずまだった。
「……笑わないでください」
小声で言う。
かずまは口元を隠しながら肩を揺らした。
「無理。かわいすぎる」
その瞬間。
にちかの心臓が止まりそうになる。
「っ……」
反射的にかずまを見る。
すると。
かずまも“やば”って顔をした。
「……ごめん、今普通に出た」
小声。
でも。
耳まで真っ赤だった。
その時。
「え、何二人でこそこそしてるの?」
別部署の社員が笑いながら声をかけてくる。
にちかの呼吸が止まる。
やばい。
バレる。
すると。
かずまが一瞬でいつもの顔に戻った。
「いや、にちかがまたテンパってて」
「うるさいです」
反射的に返す。
周囲が笑う。
空気は自然に流れていく。
でも。
かずまは机の下で、見えないように小さく指先を触れてきた。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
その小さな触れ方に。
にちかの胸は、またどうしようもなく熱くなった。




