第三十話 恋人の距離
# 第三十話 恋人の距離
次の日。
にちかは、朝から落ち着かなかった。
付き合った。
昨日。
ちゃんと、恋人になった。
思い出すだけで、胸が熱くなる。
でも。
会社へ近づくにつれて、別の緊張が込み上げてきた。
“会社では同期のまま”
そう決めた。
だから、多分いつも通り。
いつも通り、のはずなのに。
「おはよ」
先に来ていたかずまが、いつも通り笑う。
いつも通り。
本当に、いつも通りだった。
でも。
“恋人”だと思った瞬間、その笑顔の破壊力が違いすぎた。
「……おはようございます」
声が少し裏返る。
かずまが小さく吹き出した。
「わかりやす」
「うるさいです」
「昨日より距離あるじゃん」
その言葉に、にちかは視線を逸らす。
だって無理だ。
昨日、“好き”って言った相手が、普通に隣にいる。
平常心でいられるわけがない。
午前中。
にちかは何度もかずまを意識してしまった。
隣で電話してる声。
笑うタイミング。
ペンを回す癖。
全部気になる。
すると。
「にちかくん、今日なんか機嫌よくない?」
先輩が笑いながら言った。
心臓が止まりそうになる。
「え、そうですか」
「なんか雰囲気柔らかい」
やめてほしい。
バレそう。
すると、隣でかずまが吹き出した。
「へぇ〜?」
「……笑わないでください」
小声で言うと、かずまは楽しそうに肩を揺らす。
その顔が、ちょっと悔しいくらいかっこよくて。
また心臓がうるさくなる。
昼休み。
今日は自然に二人で外へ出た。
前と同じ。
でも、前とは全然違う。
コンビニで飲み物を選んでいる時、不意にかずまが小さく言った。
「なあ」
「……はい」
「恋人って、どこまでしていいの?」
にちかの思考が止まる。
「な、なに急に……」
「いや、気になって」
かずまは平然としている。
でも、少しだけ耳が赤い。
「だって昨日、付き合うってなっただけで終わったじゃん」
その言葉に、にちかの顔が一気に熱くなる。
確かにそうだ。
告白して。
泣いて。
付き合うってなって。
そこで頭がいっぱいだった。
「……知らないです」
「いや、お前も恋人だろ」
「……っ」
無理だ。
会話が恥ずかしすぎる。
すると。
かずまが少しだけ近づいて、小さな声で言った。
「手、とか繋ぎたいんだけど」
その瞬間。
にちかの頭の中が、真っ白になった。




