第十八話 気づいてしまった
# 第十八話 気づいてしまった
「かずまくんって、彼女いないんですか?」
その言葉に、にちかの手が止まった。
午後の休憩時間。
給湯室。
コーヒーを入れていた手が、一瞬だけ固まる。
声のした方を見ると、別部署の女性社員が笑いながらかずまへ話しかけていた。
「あ〜、いないっすね」
かずまが苦笑する。
「え、意外!」
「絶対モテますよね」
周囲が盛り上がる。
にちかはその場から動けなかった。
聞きたくない。
でも、耳が勝手に拾ってしまう。
「好きなタイプとかあるんですか?」
誰かがそう聞いた。
かずまは少しだけ考えるように視線を上げる。
その横顔を見た瞬間。
胸が嫌な音を立てた。
やめて。
聞きたくない。
「……ちゃんと返してくれる人、ですかね」
その言葉が、胸へ深く刺さる。
息が止まりそうになる。
かずまは笑いながら続けた。
「好きって出しても、ずっと逃げられると結構しんどいんで」
周囲は「うわリアル〜」なんて笑っていた。
でも。
にちかだけは笑えなかった。
それ、自分のことだ。
間違いなく。
気づけば、給湯室を出ていた。
逃げるみたいに廊下を歩く。
胸が痛い。
苦しい。
ちゃんとわかっていたはずなのに。
かずまはずっと、言葉にしてくれていた。
近づいてくれていた。
待ってくれていた。
でも自分は。
怖くて。
壊れるのが嫌で。
ずっと逃げ続けていた。
その日の帰り。
珍しく、かずまの方から声をかけてこなかった。
前なら。
『帰ろ』
って当然みたいに待ってくれていたのに。
にちかは席を立つタイミングを何度も迷った。
すると。
かずまが先に荷物を持って立ち上がる。
「お疲れ」
周囲へ向けた声。
そのまま、フロアを出ていく。
自分には、何もない。
胸が強く締め付けられる。
気づけば。
にちかは立ち上がっていた。
「……かずま!」
思わず呼び止める。
フロアの出口で、かずまが振り返いた。
少し驚いた顔。
にちかは息を切らしながら、その場で立ち止まる。
何か言わなきゃ。
引き止めたい。
でも。
言葉が出てこない。
すると、かずまが少しだけ困ったように笑った。
「どうした?」
優しい声。
でも前より少し遠い。
その瞬間。
にちかは、初めてはっきり理解した。
このままだと。
本当に、かずまが離れていく。




