【中編】なんとしてでも美少女親父をお持ち帰りしたい部下の人
ひとまず繁華街を出て、広い道へと出た。部下の人は座席から身を乗り出して、眠ってしまった親父の写真を撮っていた。何枚も、何十枚も。
「あの、ちゃんとベルトしてください。まだ運転慣れないんで。てか勝手に上司の写真とか、失礼じゃないですか」
「いっつもおしゃべりしてるから、平気ですよ」
パシャ、パシャとひっきりなしにシャッター音が聞こえてきていた。
「……家はどちらですか。住所とか教えてくれると」
「案内しますから」
「ですから住所を――」
交差点の十メートル手前で、部下の人は突然正面に向き直った。
「あ、ここ右です」
「え」
部下の人に、ハンドルを取られた。右側にぐるんと回って、時速四十キロのままウインカーも出さずに車は曲がった。対向車線からトラックが迫ってきていて、ヘッドライトでフロントガラスが真っ白になった。
「ぎゃあっ」
アクセルを踏み込んで、猛スピードで交差点を抜けた。トラックは、車のすぐ後ろを通過していった。車体が左右に揺れて、必死こいてハンドルを押さえた。
後部座席から、呑気な声が聞こえてきた。
「こりゃあ、もっと丁重に運転しなさぁい」
「息子さんは慌てん坊ですね」
「俺のせいかよっ」
振り向きざまに、部下の人に叫んだ。
すると、びくっと反応して助手席のドア側に身体を寄せていた。はじめて、顔から笑顔が消えた。
「ぁ、いや、大声だしてごめんなさい。その、案内はもう少し早めに言ってくれると助かります。あとハンドル取るのやめてください、危ないんで」
「そ、そうですよね、こちらこそ申し訳ないです。運転のことはよくわからなくて……」
「大人しくしてくれてたらいいんで、ほんと案内だけお願いします。あとシートベルト」
部下の人は、なごやかな表情に戻って頷いた。
深夜の道路を進んだ。時折「今のところ左でした」だとか「右車線!」だとか「TS病って遺伝するんですかね?」だとかそういうことを言われながら。
幹線道路を真っ直ぐに進んでいると、部下の人は言った。
「もうすぐです。わざわざすみません、送っていただいて」
「いえ、ついでですから」
部下の人は振り向いて後部座席を見た。
「課長、もうすぐですよ」
「おい」
きょとんとした顔で、部下の人は俺を見た。その、なにか? みたいな表情やめろ。
「うちはもうすぐじゃないですよ。またしばらくかかるんだから、親父は寝かせといてください」
「でも」
「でもじゃなくて」
やはり、怪訝そうな顔をしていた。首をひねって、顎先に指をそえたりしていた。赤信号で止まっていると、パンと両手を叩く音が車内に響いた。
「課長と個人ミーティングをする約束をしていたんです。今抱えてるプロジェクトが、ちょっと大変で。学生さんに言っても、わからないかもしれませんけど」
「zoomとかでいいじゃないですか。深夜に酔っ払い連れ込んで、どうするつもりなんです」
「仕事ですから。息子さんも社会人になればきっと、あのときのあれはこういうことだったんだって、理解できるようになりますよ」
赤信号なのにアクセルを踏み込みそうになって、ギリギリのところで踏みとどまった。だめだ話が繋がってねえこの人。
やっぱシラフではねえのかな。
「……勉強不足で申し訳ないです。ですけど、今日はお酒も入っているみたいですし、ご自身も、ねえ、一緒に楽しんでたんですね、お酒」
「まあ、それなりには」
口を押さえて、部下の人は微笑んだ。視線が重なって、ちょこっとだけ胸が跳ねた。こう見ると結構美人で、歳も俺とそう変わらなさそうだ。親父よりは年上っぽいけど……いや、見た目だけ、見た目だけの話。
だからどっちかっていうと姉っぽいんだよなあ、と思っていると信号が青に変わった。
「だけど、全然平気ですよ。課長も仕事の話になればシャキッとしますから、息子さんだけ帰ってください」
「一人では帰りません。親父は絶対に連れ帰りますから」
「家に来てくれるって約束したんですよ、それなのに――そこ転回してください」
「転回!?」
またハンドルを取られた。ぎゅるると車体が半回転して、無理やり方向転換させられた。速度が出ていたせいで、一瞬二輪走行になった。ガードレールにぶつかりそうになりながら、なんとかかんとか安定を取り戻した。
「ぎゃあ、ぁああ、あああ、はぁ、はぁ、だ、おまっ、だからあんたはぁ!」
「お喋りに集中してて」
「そういう問題じゃない!」
拳を固めて、肘置きに叩きつけた。大きな音がして、部下の人は身を縮めた。
「ひっ」
「運転中に手を出すなって言ってるでしょうが! 自分だって危ないんだってわかってんのかあんたはっ。ええっ、免許も持ってねえくせに勝手なことをするんじゃねえ!」
「ぁ、ぁっ……ご、ごめ……」
逃げるような体勢になって、部下の人はぶるぶる震えていた。顔には恐怖すらも浮かんでいるように見えた。いい、多少は言わないとこの手のはわからねえ。
「大人しくっ、黙っててくださいっ。あんた大人なんでしょ、だったらもう少し落ち着きなさいよっ」
「ご……ご……」
目に光るものが見えた。身体の前で交差した両手は、ぎゅっと自分の襟を掴んでいた。
顔はへにゃりと歪んで、鼻頭が赤くなっていた。
「ごめんなさぁいっ……わた……私がわる……悪かったですぅ……ぅ……ぅぅ」
大声をあげて、ついに泣き出してしまった。顔を押さえて「ごめんなさい……ごめんなさい……」としきりに口にしていた。
こっちも落ち着かなくなって、運転どころではなかった。
「いや、わかってくれたらそれで……」
「妹が……課長が死んだ妹に……ぅぅ……」
部下の人は、過呼吸気味になった。慌ててウインカーを出して、ひとまず近くにあったコンビニへと入った。




