【前編】なんとしてでも美少女親父をお持ち帰りしたい部下の人
俺は最近、免許を取得した。教官にギリギリだと言われながらも実技試験に受かり、なんとか筆記も突破して交付を受けたのがほんの数日前のこと。
そんな俺は、この深夜一時すぎに一人で軽自動車のハンドルを握っていた。『迎えに来て』と親父から連絡があったのだ。会社の飲み会で、終電を逃してしまったらしい。
30分もかけて駅前の繁華街につくと、電話をかけるまえに親父は見つかった。金髪美少女が、こんな時間に閑散とした路上を歩いているものだから、目立って仕方なかった。
千鳥足の親父は、オフィスカジュアルな格好をした若い女性に肩を支えられていた。まるで姉妹のような二人は和気あいあいとしていて、昭和っぽい歌謡曲を合唱していた。
「うえをみゅいてあるっこ――」
近くまで行ってクラクションを鳴らした。
「親父、来たぞ」
「おぅおぅおうお前か、助かったぞぉ」
顔を真っ赤にした親父は、ふらりふらりと車道に近づいてきた。今にも躓いて倒れてしまいそうで見ちゃいられない、と俺と同じことを思ったのかどうか、一緒にいた女性が親父の手を掴んだ。
「課長、まっすぐ歩かないと危ないですよ」
「んぅ……ぁきみかぁ、道が曲がって真っ直ぐに歩けなくてぇ」
ヘラヘラする親父を、女性はじっと見つめていた。さっきまでの陽気さとは違って、ずいぶん真剣味があった。
見つめ合うような時間があってから、女性は運転席にいる俺に視線を向けた。
「こんばんは。ええと、課長のご家族ですか?」
「あ、はい、息子です。迎えに来いって頼まれちゃって、そちらは、同僚さんでした、かね」
「はい、部下です。いつもお世話になってます」
「こちらこそ、お世話になってます。なんかすみません、親父が迷惑かけちゃって」
いえいえと互いに会釈した。にこにことしていて、感じのいい人だった。
親父ときたらさらに崩れちまって、部下の人に寄りかかるようになっていた。
「たく。そうだ、乗ってください、家送っていきますよ、終電もうないですよね」
「いえ、私は」
笑顔のまま、部下の人は手を振った。
「課長を送っていきますので、息子さんはお帰りいただいて大丈夫ですよ」
「あ、そうで……ん」
ぺこりと部下の人は頭を下げた。踵を返して、親父の手を引きながら歩き出した。
ダボダボスーツ姿の美少女は、鳥の雛みたいに付き従っていた。
ギアをRに入れて、俺は急いで車をバックさせた。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと、待ってください。俺、迎えに来たんです、親父を。30分もかけて」
部下の人は足を止めて、こちらに顔を向けた。
「ああ、そうなんですね。お疲れ様でした」
言うと、また何事もなかったかのように歩き出した。
クラクションを鳴らした。叫んだ。
「親父っ」
「んぁ」
「自分で寄越したんだろ、さっさと乗れって」
「あ、あー、あ、すまんすまん、じゃきみ、また来週」
繋いだ手を離して、親父は車に近づいてきた。歩道から出て、今度こそ後部座席のドアを開いた。
ふぅっと俺は息を吐いた。二人ともめんどくせえ、これだから酔っ払いは。
「ほらシートベルトして。そう、そうやって、よしよし、よくできました」
とろんとした顔の親父は、シートベルトを締めてピースサインをした。薄暗い車内で、泥酔した少女が足を投げ出して座っていた。ワイシャツが崩れて、へその下が露出していた。
後部座席に視線をやったまま、俺は咳払いをした。いかん、親父だ親父だ。
「ほら、ドア閉めて」
「あぅ」
バタンッという音がした。ほとんど同時に前の方からも、もう一つ同じ音が聞こえた。
左前タイヤのサスペンションが、微妙に沈んだ。
視線を助手席側に向けた。
「それじゃあ、よろしくお願いしますね」
部下の人が、隣に座っていた。室内灯に照らされたその顔は白いままで、ほんの少しも赤くなっていない。着衣に乱れはなく、酒の匂いもしない。
「送ってくれるって、言ってましたよね」
その笑顔は、シラフに見えた。




