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クラリスが辺境へやって来てしてしばらくしてから、神殿で婚礼の儀式が執り行われた。
先々代の式を覚えている者もいて、比べれば華々しいものではない。とかく降嫁した際の費えは莫大となるので政務官たちからは好意的に受け止められている。しかし、辺境伯家門下の貴族たちはクラリスが貧相であることも相まって、見下す向きがあった。
飛竜の長であるイーズテイルと親交があることから、貴族内でも竜騎士たちは尊敬の念すら抱いている反面、ほかの貴族たちは土いじりをする元王女を軽んじた。
厳かな式を終え披露目の夜会に出席し、晴れてカールの妻、辺境伯夫人となったクラリスはまだ実感がわかない。
「この辺境の地を救うべく約定の乙女が遣わされた」
神殿の聖職者が言っていたことも気にかかった。自分にはなにか役割があるのだろうか。けれど、王宮からはなにひとつ命じられていない。
クラリスが人妻となった実感がいまひとつ持てないでいるのは、カールとの関係性のせいもある。
寝室は同じだけれど、房事はもう少し身体がふっくらして肉付きがよくなってから、ということだ。さすがのクラリスも落ち込んだ。
そんなクラリスに、カールは慌てて体格差が大きいからとか、王宮とは違う環境にいるのだからもっと落ち着いてから、などと話した。
カールはスザンナがよく言う「気のきいた言葉を持たない」人ではあるが、いつだってこうしてクラリスのことを気遣ってくれる。それがくすぐったく、思わず首をすくめてしまいそうになる。
これが「幸せ」なのかもしれない。
温くてとろりと肌を這い、思わずまどろんでしまいそうになる。あるいは甘酸っぱいものを口に含んできゅんとなるような感じだ。
飛竜の背にも早く乗りたい。クラリスは二重の意味でもっとふくよかになろうと思うのだった。
クラリスがひとりで薬草園で過ごしていると、ばさりと大きな音がして、日が陰った。驚いて振り仰げば、「ギュワ!」飛竜が間近にやって来ていた。
「イーズテイル!」
「ギュワ」
イーズテイルは上空からクラリスを見つけて、降下して来たのだ。クラリスが咎めないのを見て取って、薬草の匂いを端から嗅いでいく。
「ギュワッ」「ギュワ~」「ギュギュワッ」「ギュワワッ」
いろんな鳴き声があるのだなと手を止めずに耳を傾けていた。そこでふと気づく。
「ねえ、イーズテイル、もしかして、好きな匂いと嫌いな匂いがあるの?」
「ギュワ」
イーズテイルはその通りだとこっくり頷く。可愛い。そう思いながら、クラリスは質問を続ける。
「それは飛竜によって違うの?」
「ギュワ」
ふたたび頷く。
「そうなのね。飛竜でも香りの好みは様々なのね」
そんな風に話しながら、クラリスが井戸から水をくみ上げようとする。滑車を利用するものの、なかなかの重労働で、クラリスは歯を食いしばる。と、ふいに重さが緩んだ。
イーズテイルだ。ひょいと爪で引っかけるようにして綱を掴んで引っ張れば、がらがらと威勢よく滑車が鳴る。
「手伝ってくれるの?」
「ギュワ」
クラリスは思いついて、古い桶を持ってくる。箍が緩んでいるのか、板の貼り合せの隙間が大きく広がり、水を入れても漏れてくるのだ。
「ねえ、イーズテイル、これを足に引っかけて薬草園の上空を飛んでくれないかしら。そうすれば、水撒きができると思うのだけれど」
「ギュワ!」
分かった、とばかりに声を上げたイーズテイルはクラリスの言った通りに、鉄の持ち手に爪を引っかけ、ぶわりと翼をたわめて羽ばたかせ、飛びあがる。
「まあ!」
きらきらと水の粒子が舞い落ち、陽光に輝く。
イーズテイルが身体の向きを変えるたびに水が威勢よく撒かれる。
「ギュワ」
桶が空になるとイーズテイルは降りて来て、自ら井戸で水を汲んで給水し、ふたたび舞い上がる。
「ありがとう、イーズテイル。おかげであっという間に水撒きが終わったわ」
「ギュワ!」
「ああ、そうだ。こっちへ来て」
クラリスはイーズテイルを薬草園の一角へ連れて行った。
「ギュワ」
「ふふ、そうよ。あなたの好きな薬草はここに植えたの。一本どうぞ」
「ギュワ」
クラリスが一本引き抜こうとすると、イーズテイルが口で咥えてするりと引き抜いた。そのまま食べようとするから、土をはたき落とし、水で洗い流してやる。
そうして、イーズテイルは毎日のようにやって来てはクラリスの仕事を手伝い、お駄賃として薬草をもらうようになった。
「ギュワ?」
「そうなんだ。彼女はなんでも精いっぱいやって体力を使い果たしてしまう」
ああ、イーズテイルとカールが話をしている。優れた竜騎士は飛竜と会話することすらできるのだ。そう思ってクラリスはふふとため息まじりに笑みを漏らした。とたん、自分が眠っていたことを知った。
はっと目を開ければ、空が飛び込んでくる。
「ギュワ」
イーズテイルが面白そうに覗き込んでくる。
周囲を見渡せば、クラリスは仰向けに横たわっていた。そして、頭はカールの膝の上に載っている。
慌てて上半身を起こして謝罪すると、カールは笑って気にするなと言った。
「こちらへ参るまでも奥宮の薬草園で働いておりましたのに」
「ここの薬草園はあちらより広いし、慣れない環境ということもありましょう」
さらには、大勢の人間と接するようになったのだから、気疲れをするだろうとカールは言う。
「ご無理をなさいませんよう」
カールは丁寧な言葉遣いを崩さないものの、クラリスの名は敬称を取って呼ぶようになった。なんだか、くすぐったい気分になる。
「まだまだ体力が乏しいですわ。イーズテイルの背に乗せてもらうのはずっと先のことですわね」
「ギュワァ」
イーズテイルがしょぼんと頭を下げた。
後日、イーズテイルがクラリスに食べさせるのだと張り切って狩りをするようになったという。
「まあ」
たくさん食べろと言われているような気がして、クラリスはカールと顔を見合わせて笑った。
「ギュワギュワギュワ。(カールはニンゲンだから弱いと思っていたの)」
「ギュギュワワ。(でも、クラリスはもっと弱かったの)」
「ギュワ!(だから、僕、がんばる!)」
「ギュギュワワ!(クラリスにいっぱい食べさせるんだ!)」
「ギュワワ!(お手伝いもいっぱいするよ!)」
「ギュギュワワワ、ギュワワ!(みんな、クラリスが元気になるように、応援よろしくね!)」




