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「きゃあ!」
「ひっ、飛竜が!」
「あら、あなたたちは」
貴族の娘として蝶よ花よと育てられてきた令嬢たちは、辺境伯に降嫁した王女の侍女の打診に飛びついた。田舎貴族に生まれてきたものの、これで先々代夫人の侍女たちのように一発逆転できると喜んだのもつかの間のことだ。クラリスはいかにも貧相で、彼女たちはすぐに見下すようになった。なんの旨みもないどころか、薬草園を整えるなんていう重労働を手伝わなくてはならないという。
クラリスが薬草園に行くとこっそり姿を消すようになったものの、家族になんとか取り入るようにとせっつかれた。いやいや畑に来てみたら、なんと、飛竜がいる。
魔獣が跋扈する森と隣接する辺境とはいえ、安全な場所で安穏と暮らしていた令嬢たちは驚いた。尻もちをついて自慢のドレスが泥だらけになる。
あたふたと逃げ出すのを、イーズテイルを呼びに来たカールが見ていた。
カールから報告を受けたスザンナはクラリスの侍女たちを解任した。
「新しい侍女を用意するわ。さしあたり、侍女長をつけましょう」
侍女長は、先々代夫人の我がままに共に悩まされたスザンナの同志とも言える存在である。スザンナが浮き浮きとクラリスのことを語ったことから、侍女長も現辺境伯夫人に好意的である。
「飛竜に慕われるなど、辺境伯夫人としてこの上ない資質をお持ちでいらっしゃいます。それにしても、前の侍女たちときたら。自分たちが放り出した仕事を飛竜が担ってくれているというのに、情けないこと」
そんな風に言って、侍女長はクラリスを手伝ってせっせと薬草園の仕事を行った。一連の出来事を聞きつけたヘレナもまたなにかと理由をつけては薬草園を訪れた。
「ああ、こんなに間近でイーズテイルさまのお姿を見られるなんて」
クラリスを手伝って重い手押し車を運ぶのを見て驚く。
「まあ! クラリスさまのおっしゃることをよく理解されておられるのね」
イーズテイルが慣れた様子で井戸から水を汲み上げ、桶をひっさげて隙間から水撒きをするのに感心する。
「素晴らしいわ。こんなに器用なのね」
そんな風にして、イーズテイルの動作ひとつひとつに感嘆する。
そのヘレナは侍女長にあれこれ仕事を割り振られ、クラリスの薬草園はどんどん様変わりして行った。
飛竜は物珍しいことになんでも興味を示し、匂いを嗅ぐ。ひとしきりそうしたら、気が済む。クラリスはそういうものだと分かってからは、好きにさせておいた。
イーズテイルは、怖がったり大声、特にかん高い悲鳴をあげたり、変則的な動きをすることのないクラリスを気に入った。なにより、彼女は得も言われぬ香りを発する薬草をくれる。一度きりではなく、継続してイーズテイルにくれるために育てている。非力な彼女の手伝いをするのもなかなか面白い。
そんな風にして飛来しては、あちこちふんふん匂いを嗅ぐイーズテイルに、ある日、クラリスが言った。
「今日は暑いわね。そうだ、薬草の葉を揉んで水に混ぜるから、それを飲んでみる?」
「ギュワ!」
クラリスが思いついたことに、イーズテイルが賛成の声を上げる。
動物は十分に水分を摂取する必要がある。それを好みの味で楽しむのは人間だけではないのだ。
イーズテイルが井戸から汲んだ水を入れた桶に彼が好む薬草の葉を揉み成分を抽出する。
飛竜は喉を鳴らして水を飲み、あっという間に空にした。
「ふふ、やっぱり暑いから喉が渇いていたのね」
「クラリスさまもお茶にしましょう」
「おやつもありましてよ」
イーズテイルの首筋を撫でて良い飲みっぷりを眺めていたら、侍女長とヘレナがやって来る。
その後ろでは使用人がガーデンテーブルとイスをセッティングし、茶菓子を用意している。
イーズテイルの様子を見に来たカールも加わって小さな茶会となった。
クラリスははたはたとレース飾りがはためくパラソルの下、優美な曲線を持つテーブルの前に座り、自身が丹精した薬草園を眺めて好ましい者たちと茶を飲む。
王宮の奥宮では時折乳母に助言をもらう以外はひとりで働いた。辺境領へ来た当初もそうだった。それがこんなにも違う。
降り注ぐ陽光が薬草を青々と照らし、その輝かしさにクラリスは目を細めた。
カールとヘレナと茶を飲みながら、クラリスはイーズテイルが薬草を混ぜた水を喜んだと話した。
「イーズテイルが好きな薬草の葉を入れた水ですか」
「ええ、とても気に入ったようですわ」
クラリスの言葉を聞いて、カールが考え込む。
「飛竜は匂いに敏感ですが、今まで特定の植物にイーズテイルのような反応を見せるのは初めてのことです」
「香草のように肉に擦り込んでも良さそうですわね」
人の食事の調理法と同じものをヘレナが提案する。
「肉と言えば、イーズテイルはあなたに食べさせようと最近張り切って狩りを行っていますよ」
飛竜隊は魔獣討伐のみならず、狩りも行う。食べるものは自分で狩るものの、気が向けば人が用意したものも口にする。
「こちらの料理はどれも美味しくて、たくさんいただいています」
「それは重畳です」
クラリスが感謝を籠めて言うと、カールがいかつい顔をほころばせる。
「クィンさまもたくさん食べてくださると良いのですが」
ヘレナがため息をつく。
「クィンさまとおっしゃるのは?」
「ヘレナの父であるマーティン副団長の騎竜です」
クラリスの問いにカールが答える。つまり、団長であるカールの右腕とも言える竜騎士の飛竜だ。
「今、卵を孕んでいるのですわ」
ヘレナが興奮気味に前のめりになる。
「人に飼いならされた飛竜というのは、なかなか卵を孕まないものなのです」
飛竜は人よりも長寿だとはいえ、出生率が低下すると騎竜の数が減る。そのため、宝ハンターという存在が生れた。
「野生の飛竜の巣から卵を持ってくるのです」
「まあ」
「危険な職業ですわ」
けれど、卵ひとつを手に入れれば、その後は豪遊して暮らせる対価が手に入る。
そうやって野生の飛竜を飼いならすためには卵のときから育てるほかない。けれど、すでに飼いならした飛竜が卵を産めばまた話は別だ。
「竜騎士団としても、現存の騎竜が番を作って卵を産んでくれればそれに越したことはないのです」
けれど、その例は年々減りつつあるのだという。先日、久々に卵を孕んだ飛竜がヘレナの父の騎竜であり、飛竜に憧れる彼女は並々ならぬ関心を抱いている。
「クィンは卵を体内に宿してからほとんど飲まず食わずだ。いかな頑丈な竜とは言え、それではもつまい」
カールが心配そうにひとり言ちる。
「そんな!」
クラリスはあまりのことに声を上げた。
ヘレナは唇を噛んで暗い顔をする。
「あの、イーズテイルが言っていたのですが、飛竜によって好きな匂いが違うそうなのです」
「ほう、そうなのですか。飛竜はとても鼻が利きます」
さすがに、カールは飛竜の生態に詳しい。
「はい。そして、先ほど、とても暑いのでイーズテイルに好きな香りの薬草の葉の汁を絞った水をやったらすぐに飲み干しました。もしかしたら、クィンも同じではないでしょうか」
「つまり、クィンにも好きな匂いがあって、その香りづけしたものなら飲み食いするかもしれないと?」
クラリスが言わんとすることを悟ったカールが彼女をまじまじと見やる。とたんに、クラリスは自分が益もないことを言ったように思えた。
「単なる思い付きですが」
「いえ、試してみる価値はあります」
言って、カールはクラリスの手に自分のそれを重ねた。
「ギュワギュワギュワギュワギュワギュワ。(クラリスがね、水に良い香りのする葉っぱや花びらをうかべてくれたの)」
「ギュワギュワギュワ!(とっても美味しかったよ!)」
「ギュギュワァ。(クィンも飲めるといいなあ)」
「ギュギュワワ。(クィンはね、お腹に卵がいるから、気が立っているんだ)」
「ギュギュワギュワギュワギュワギュワギュワ。(こないだも、自分の番や竜騎士を尾で払っていたよ)」
「ギュギュワギュギュワギュワギュワギュワギュワ。(番も竜騎士もおろおろしてたけど、見当違いなことばかりするから、クィンが余計に腹を立てるんだよね)」
「ギュワギュワ、ギュワワ!(クィンが無事に卵を産めるように、応援よろしくね!)」




