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前辺境伯夫人スザンナは先々代に王女が降嫁したというのに、息子がまた娶ることになったことに戸惑いを隠せないでいた。
義母という存在を知っていたからこそ、雅な暮らしを好むだろうと思い、離宮を建てるべきか息子に相談する。
「いえ、それよりも広い薬草園を用意する予定です」
「ああ、王族の女性の義務ね」
王族と辺境伯の直系とその配偶者のみが知る事柄だ。王族の女性は薬草を育てる義務を持つ。しかし、それは形骸化されていると聞く。現に、先々代夫人は知識は得ているものの、実際に育てたことはなく、よって辺境伯領へやってきても薬草園を持たない。
先々代夫人の例を鑑みれば、辺境伯領よりも王都の流行を取り入れたいかもしれないとして、特にドレスや小物を用意しなかった。私室は王都の物品を取り寄せて整えている。
さらには、家門の貴族の令嬢たちから選んで侍女をつけた。王女に侍るのだから、身分は必要だ。
スザンナはきっと薬草園もすぐに枯れ果てるだろうと思っていた。先々代夫人のように、田舎の風景や匂いを嫌って私室から出て来なくなるに違いないと。
けれど、その予想はまったく裏切られる。
王女自ら朝早くから薬草園に出て立ち働いているというのだ。
「持ち込めるだけ運んできましたから」
カールは根ごとどころか、土ごと運び入れたと言う。幾つもの荷車を走らせることになったとはいえ、荷物と言えばほとんど薬草である。
「ドレスも小物もほとんど持っていなかったそうで、その分、薬草を土ごと運べると喜んでおられました」
道中立ち寄った街でドレスや小物を買い足したのだというカールに、スザンナは武骨な息子にしては気の利いたことだと感心する。竜騎士は飛竜に関することに気持ちがもっていかれるので、野暮ったくなりがちなのである。その息子よりも王女は貴族の範疇外なのだ。
スザンナは三児を育て上げた母として勘が働いた。竜騎士たちの飛竜が、王女の薬草に該当するのではないか。つまり、王女は薬草に情熱を傾けるがあまり、ほかがおろそかになっているのではないかと考えたのだ。その予想は当たっていた。
スザンナがそれとなくクラリスに話を持ち掛けて見ると、うつくしく繊細なものばかりを手にしていたのではなく、土いじりばかりしていたのだそうだ。
「ですから、あの、わたくし、貴婦人の振る舞いというものが良く分からなくて」
うつむき加減にもじもじする姿に、思わずスザンナはぎゅっと抱きしめる。ほっそりとしていて、辺境の女性にも王都からきた貴婦人たちにもない華奢さがあった。
「なんて可愛らしい!」
鼻持ちならない高慢ちきな王女に仕えなければならないと思っていたのに、こんなに細身で自ら植物を育てているというのだ。聞けば、母親の身分が低いから多くの苦労をしてきたのだという。
「まあまあ、だからこんなに細いのですね。食べられないものはございませんの? あら、そうですわね。辺境の食事は初めてですものね。では、どんどん試して行きましょう。いいのですよ、召し上がれるだけ召し上がれば。わたくしの実家は馬を育てていますのよ。王都へも献上しておりますの。あら、家畜にも興味がおありですの? なんて素晴らしい! ええ、ええ、もちろんですわ。今度、一緒に実家の牧場をご覧になってください。ヘレナも名騎手で馬がとても好きですのよ。ああ、ヘレナはカールの上の弟ライナスの妻ですわ。せっかくだからローラも誘いましょう。ローラは下の弟ルイスの婚約者ですわ」
気後れしていたスザンナは気持ちが一気に噴き出し、あれこれと話した。
クラリスは怒涛のように続く言葉に面食らいながらも、気さくな前辺境伯夫人の温かい心遣いに感謝した。
クラリスがドレスや小物の善し悪しは分からないと言えば、「一緒に選びましょう」と言った。娘を持たなかったスザンナは喜々としてあれこれ取り寄せる。
「結婚式の際、着用する衣装は慣例で決まっていますが、大分直す必要がありますわ」
婚儀の衣装のために全身の採寸をするという話だったが、いつの間にか、新しいドレスをいくつも作り、当面着るもののサイズを直す作業に移行している。
ルイスの婚約者であるローラも加わる。彼女の実家クレイトン子爵家は豪商で王都との販路を持つのだと言う。
「お義母さま、こちらはどうでしょうか」
「あら、素敵ね」
ふたりがかりであれこれ選ばれ、クラリスは頭のてっぺんからつま先まで採寸され、立ったり座ったりしながらドレスを着せられ小物を合わせられた。
クラリスは遠慮したが、辺境伯夫人の予算内で十分にまかなえると押し切られた。事実、王女を迎えるにあたっての予算は高額に設定されている。
「コルセットが不要なくらい細くていらっしゃるのね」
「カールさまがもっと太ればイーズテイルに乗せてくださるとおっしゃってくださいました」
ふっくらしたローラがため息をつくと、クラリスは辺境伯領の食事はとても美味しいので、そう遠くない未来に実現できそうだと浮き浮きする。
後からそれを聞いたカールの弟ライナスの妻ヘレナが羨ましがった。ヘレナは代々竜騎士の副団長を務める辺境伯の片腕とも言える家門の出身で、幼いころから飛竜に憧れを抱いているそうだ。
そんな飛竜たちの長イーズテイルがクラリスを背に乗せてやろうとしたと聞いて感激する。
「なんて素晴らしい! 代々の辺境伯さましか背に乗せない誇り高きイーズテイルさまがお認めになられましたのね! 竜騎士は男性にしかなれません。飛竜の背に乗って空を駆けるのは男性の胆力、筋力、体力を必要とします。女性の身で飛竜に乗って空を飛べるなんて!」
ヘレナは目をきらきらさせて言い募る。
「わたくし、男に生まれてきたかったのですわ」
「けれど、ヘレナさまは名騎手でいらっしゃるではありませんの」
悔しそうに言うヘレナに、ローラが笑う。飛竜に乗りたがった少女は馬に乗って縦横無尽に駆けまわったのだという。
「わたくしは乗馬すらしたことがありませんわ」
「クラリスさまはまずは体力と筋肉をつけなければなりませんわね」
クラリスが恥ずかしそうに申告すると、ローラがさらりと述べる。はっきりと物を言うが、陰湿さはないので耳障りなことはない。
息子の配偶者と婚約者たちが親しく交流するのを、スザンナはにこやかに眺めていた。
クラリスは高慢さが欠片もなく、危惧した田舎暮らしを嫌うどころか、すぐに馴染んだ。見ること聞くことすべてが物珍しい風情で、なんにでも興味を示す。難点と言えば、体力がなく、無理をさせられないことだ。けれど、そんなことは些末なことである。
なにより、飛竜の長に認められたという点が群を抜いてすばらしい。前辺境伯夫人として、スザンナはそのことをよくよく理解していた。辺境においては飛竜隊は防衛の要であるのだ。
息子が得難い妻を得たことに、スザンナは安堵した。




