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カールの呼びかけに応じて飛翔して来た飛竜はふたりの前に舞い降りた。
大きな羽ばたきが幾度もして、ぶわりと風が巻き起こる。
「ギュワ!」
それは明らかに人間を個別認識して発する鳴き声だった。
「ただいま、イーズテイル」
カールが掲げた手にひょいと首をたわめて鼻先を近づける。大きく裂ける口元が近くても、さすがは竜騎士、まったく恐怖を感じない様子だ。
畳んだ翼を時折動かし、目をキョロキョロさせる。ひっきりなしに動くのは野生動物のうちでも小動物のはずだ。これほどの巨体であっても鈍重さを感じさせない。
「ギュワ?」
イーズテイルと呼ばれた辺境伯の飛竜は近くに立つクラリスに興味を示した。しきりに鼻をうごめかせ、髪の毛の匂いを嗅ぐ。
「薬草の匂いがしみついているのかしら」
「ギュワ!」
クラリスのひとりごとに、そうだよ、とでも言うように鳴き声を上げる。
「わたくしの言葉が分かるみたいね」
タイミングの良さに、クラリスが感心して呟く。
「ある程度は理解しますよ。特にイーズテイルは賢いので」
「ギュワ!」
カールの言葉に自慢げに顎をあげたイーズテイルは、ひょいとクラリスの腹に頭をつける。
そのまま持ち上げられ、飛竜の頭から後頭部、首筋を通って背中へ向けてころころと転がった。ようやく止まった身体は仰向けになっていて、空を見上げるクラリスは、なにが起きたのか分からない。しばらくそのままの体勢でいた。驚いて下手に動けなかったのは正解だった。
カールの大きな手がクラリスのウエストを掴み、軽々と持ち上げ、地面に立たせてくれた。その段になってようやく、クラリスは飛竜の背を転がり落ちたのだと知る。
馬にすら乗ったことがない自分が、飛竜の背を転がる。なんということか。
クラリスは感動を噛みしめた。
スカートの裾がどうなっていたかということはすっかり頭から抜け落ちていた。もちろん、飛竜が人間のそうしたあれこれを意識することはない。
「こら! ふざけるんじゃない」
カールがイーズテイルを諫めるのに、じゃれつかれたのだと分かる。
「わたくしは脆弱なので、ちょっとしたことで、怪我してしまうのよ」
なんなら、鱗が少しばかり跳ね上がっている部分に皮膚を引っかけて大きな裂傷を作ってしまいそうだ。
「ギュワ~」
しょぼんと頭を下げるイーズテイルに、クラリスは思わず笑い声を上げた。
「ウィングフィールド辺境伯、」
「カールとお呼びください」
長い呼び方なので、甘えることにした。
「では、カールさま。イーズテイルに触れてもよろしいですか?」
「ギュワ!」
カールが許可を出す前に、イーズテイルが了承する声を上げる。
「———構いませんよ」
苦笑するカールを見て、クラリスは恐々片手を近づける。イーズテイルはしきりにふんふん匂いを嗅ぐ。
そっと触れると、ひんやりして滑らかだ。
「すべすべね」
「ギュワ」
イーズテイルはクラリスの胸元に鼻先を近づける。
「こら」
カールが制止する声を上げる。
「もしかして、これかしら?」
クラリスは首にかけた紐をひっぱりあげる。匂い袋が出て来る。
「ギュワ!」
とたんに、イーズテイルが鼻をくっつかんばかりに寄せる。
「辺境伯———カールさまがあなたに会わせてくれるとおっしゃるので、以前、差し上げた薬草の葉や根を詰めて見たの」
言って、袋の口を広げ、てのひらに中身を出す。
イーズテイルはふんふん匂いを嗅いで、きょろりと目を上げてクラリスを見る。
「ギュワ!」
「欲しいの? 良いわよ」
とたんに、長い舌がてのひらの上の薬草の葉や根を攫って行く。
「わ! ざらっとしているのね」
「大丈夫ですか?」
「まったくなんともありませんわ。今、飛竜の舌がわたくしの手を舐めましたの!」
クラリスは目を輝かせてカールに訴えかける。
カールは怖がりもせず、それどころか、接触を喜んでいる様子に安堵した。そして、じわじわと感激が湧き起こる。竜騎士たる辺境伯の妻として、飛竜と親しんでくれるのはなににも代えがたいことだ。
「イーズテイルはこの薬草がお気に入りなのね?」
「ギュワ!」
イーズテイルがそうだと答えた鳴き声に、クラリスはカールの方を向く。
「カールさま、わたくしに薬草園を作って下さるとのことでしたが、この薬草を多く育ててもよろしいでしょうか?」
「こちらからお願いしたいことです。ありがとうございます」
カールは竜騎士であり、飛竜隊をまとめる辺境伯でもある。その飛竜が興味を示した薬草を育てていた王女を妻として連れてくることができた。その上、この地でその薬草を育ててくれるという。望外のことだった。
そして、イーズテイルもクラリスが気に入った薬草を育ててくれるということに喜んだ。
「ギュワ!」
イーズテイルが長い首をぺたりと地面につけた。
「おや、珍しい」
思わずカールは声を上げる。この仕草を初対面の者にするなど、初めて見る。
「これはどういう動作なんですか?」
「背に乗せてやるという意味です」
「ギュワ!」
イーズテイルのきょろりとした目はクラリスに向けられている。
「もしかして、わたくしを?」
「そうです。しかし、飛竜の背に乗るのは体力と力が必要です」
目を丸くしたクラリスは、カールの言葉を聞いて、ぱっと顔を輝かせた後、消沈した。
高高度を飛ぶので落竜は死に直結することから、平衡感覚や身体を支える筋力が必要であることをカールが話す。
「上空で風を浴びると体温を奪われますので、そう言った意味合いでもある程度の筋肉が必要となります」
クラリスは筋肉どころか、ぜい肉すら乏しい。
「わたくしでは無理なのですね」
「ギュワ?! ギュギュワ!」
ふたりのやり取りを聞いていたイーズテイルが不満そうに鳴き声を上げる。
「まあ、待て。そう騒ぐな。クラリスさまがもっと肉をつけたら可能だろう」
肉をつける。
太ると言う意味だろうが、あんまりな言い様に、クラリスは思わず笑い出した。言い争っていた竜騎士と飛竜が諍いをやめてクラリスの方を向く。
「それでは、楽しみにしていますね」
「ギュワ!」
イーズテイルがすかさず鳴き声を上げる。
「イーズテイルの背に乗って空を飛べば、ウィングフィールドが一望できますよ」
「まあ、それは素敵ですわね。きっととてもうつくしい光景でしょう」
クラリスは生まれたときから、母親と乳母と数人の使用人しかいないひっそりとした暮らしを送って来た。今、こうして、別の土地に訪れ、様々な出会いをし、人間とは別の高度知能を持つ者と交流した。とても素晴らしい者たちがやさしくしてくれる。
これからどんなことが起きるのか、高揚する心を抑えることができなかった。
「ギュワ! ギュワワワワ!(こんにちは! イーズテイルです!)」
「ギュワワワワ!(カールが面白いニンゲンを連れてきた!)」
「ギュワワワ!(これからどうなるのか、楽しみ!)」
「ギュワワ!(応援よろしくね!)」
※今回は飛竜に宣伝をお願いしようと思います。




