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ウィングフィールド領都はレンガの建物と赤茶色の屋根で造られた街並みから、珊瑚色の都市と呼ばれていた。
レンガの建物は夏は涼しく、冬は暖かい。レンガは高い蓄熱性と耐熱性の両方を持っているのだ。レンガは内部に多くの気泡を含み、空気の断熱層を作り、温度を外部に伝わることを防ぐ。そのため夏は外からの熱を、冬は外からの冷気をそれぞれ遮断する。外気温に左右されず室内を一定の温度に保つ。
領都に隣接するカントリーハウスは塔を擁する城壁に囲まれた砦のようなたたずまいだ。
円錐の頂点を持つ円塔がいくつも建つ。城の周囲を川から水を引き入れた堀が囲む。それでいて、敷地は広々としている。
「竜舎はあちらです」
城壁に隣接した別の壁に囲まれた敷地を、カールが指し示す。
竜が飛びあがり、あるいは舞い降りるに十分な広さがあり、有事には領民を抱え込み籠城することができるようにしているのだという。
少し離れた場所に離宮があり、そこは優美な雰囲気だという。
「そちらには祖母が住んでおります」
「辺境伯の先々代夫人と言えば、」
「王室から降嫁された方です」
カールは皮肉気に唇をゆがめた。
「お祖母さまはほとんどこのウィングフィールド辺境伯城においでになったことはありません。武骨でお嫌なんだそうです」
そうなんですね、と相槌を打ちながらも、クラリスは先ほど教わった竜舎というのが気になって仕方がない。
視線がどうにも竜舎の方を向くクラリスに、カールは思わず笑いを漏らす。
「案内しますよ。その前に家族を紹介させてください」
辺境領の跡取りとして幼少のころから武芸に励むばかりだったカールは貴婦人たちが興味を持つものにことごとく縁遠い。だが、この風変わりな王女とならば、まだ相性が良さそうだと思えた。
クラリスはあまりにドレスの所有数が少なかったため、道中に立ち寄った街で小物と一緒に買い渡している。クラリスは恐縮したが、カールと共にあれこれ見て選ぶのは楽しそうにしていた。
カールが連れて来ていた侍女の手で着つけられた慣れないドレスを身にまとったクラリスは緊張していた。それを察したカールが手を取ってゆっくりと先導する。
カントリーハウスに入ると、ずらりと使用人が並び、女性三人と男性ふたりが最前列で頭を下げていた。
「クラリスさま、ご紹介します。母、スザンナ・ウィングフィールドです」
その後、ライナス、ルイスのふたりの弟と、ライナスの妻ヘレナ、そしてルイスの婚約者クレイトン子爵令嬢ローラを紹介された。
「あいにく、義母オリアーナさまは体調を崩されておりまして」
「まあ、それはいけませんわ。ご自愛くださいとお伝えくださいませ」
「丁重なお言葉、痛み入ります」
カールが言っていたとおり、オリアーナは離宮から出ないのだとクラリスは悟る。
一方で、ウィングフィールド辺境伯一家は身近に接する王室の貴婦人はオリアーナである。同時期にふたりも元王女を抱えることとなったことを苦々しく思っていた。
やって来た王女は十八歳とは思えないほど幼く痩せている。オリアーナのような権高な様子はないが、逆の意味で田舎暮らしを嫌うだろうと予想した。辺境伯の家族もみななにかしらの役割を持つ。家畜の臭いに慣れない内は大変だ。とくに飛竜や魔獣の素材の臭いは強烈だ。王族はとかく鄙びた事柄を嫌うという認識があったので先が思いやられるという心持ちだった。
ところが、クラリスは全く平気なのだった。
動物と魔獣との違いは瘴気をまとっているかどうかだ。瘴気を得ているから正気を失っていると考えられている。神殿の教えにおいても、魔獣は邪悪であり、人々の敵であるとしている。
魔獣は強力であり、それに対抗するために、人々は高い壁を築いたり、強力な武器を持つ。
クラリスは辺境伯一家との挨拶を済ませ、与えられた居室で茶を飲んで休憩した後、迎えに来たカールに連れられて竜舎へ向かった。
「疲れていませんか?」
「いいえ、まったく」
「あなたの「大丈夫」はアテになりませんから」
王宮から辺境伯領へやって来る間にふらついたり気を失うこともあった。カールはその都度支えてくれたり気を使ってくれた。申し訳なく思うものの、カールの言葉は笑いを含んでいて悪意はかけらもない。それに、クラリスは飛竜と会えるということに意識をもっていかれていた。
「おかえりなさい、伯」
「おかえりなさい。そちらはもしかして?」
「伯、もしや王女殿下を竜舎にお連れするのですか?」
カールに連れられてきょろきょろと周囲を見渡しながら歩いていると、あちこちから声が掛かる。親し気な様子に、慕われていることが分かる。
いろんな者を紹介され、名前と顔を一致して記憶するのを、クラリスは早々に諦めた。カールも追々覚えて行けば良いと言うのでそれに甘えることにした。
クラリスからしたら、カールはとても大柄に思えるのだが、彼の家族も同じくらいで、女性はそれよりも少し小柄な程度だ。使用人も同じくで、騎士たちはもっとゴツい。カールが頻繁にクラリスを心配する理由が分かった気がした。彼らの体力や頑丈さから比べたら、クラリスは脆弱そのものなのだろう。
竜舎は大きな木造の建物で、三階建てほどの高さがある。それがいくつか建っていた。
飛竜は首の付け根から尾の付け根まで三メートルほどだが、長い首と尾、なにより広げた翼で何倍もの大きさに思えるのだという。
「風雨をしのげる場所で寝起きしていますが、本来は野山を自由に飛ぶ獣ですから、昼間は訓練以外では外に出ていることが多いです」
そう言って案内した竜舎の付近にいた騎士に尋ねると、目当ての飛竜は中にはいないとのことだった。
カールは首から下げた紐を手繰り寄せ、笛を手にして力いっぱい吹いた。人の耳が拾わない音域の音を聞き取って、飛竜が飛んでくる。
トカゲに似た長大な身体、長くしなる尾、大きく開く咢、鋭い蹴爪、なにより、コウモリに似た皮膜の翼。
「これが、飛竜」
魔獣と戦えば勇敢かつ獰猛、空を飛べば力強い飛翔を見せる飛竜は、素晴らしくうつくしく、そしてその仕草には可愛らしさがあった。




