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「どんな花よりも、あなたこそが香しい」
「どんな香りも、あなたがまとえばこそ」
カールのこの言葉は革製品を売り出すキャッチコピーとなった。
どんな香りであっても、身に付ける者によって繊細に変化が出る。千変万化の香りの中で、最も好む香り、それがあなたのまとう香りだという。
しかし、ひとつずつ積み上げるかのようにして少しずつ前進していた新事業は、暗礁に乗り上げた。
「中央の貴族が好む香りというものが分からない」
香りのバリエーションをもたせたとしても、そのひとつですら、好まれるかどうかわからない。
「クレイトン商会の方でも読み取れませんの。特に王都の貴族が好みというのは千変万化するそうでして」
ローラの実家の専門とする商会ですら、王都の貴族の流行というのはつかみにくいという。
「多くの商人たちが頭を悩ませているのですわ」
ローラがため息交じりに言う。
上品さをベースに様々なものを作るということに落ち着いたものの、これだという明確な指針を持たずに進むのは心もとない。
悪いことばかりでもない。
試行錯誤する最中、月下香の濃厚な甘い香りが官能を刺激し、カールとクラリスは思いを遂げた。そのしばらく後、慶事が訪れた。
「クラリス、あまり無理をしないように」
懐妊したクラリスに、カールはいっそう過保護となった。いついかなる時も自分かノーラを連れるように言われる。
「ギュワ」
面白いことに、イーズテイルがクラリスの腹をしきりに嗅いでそわそわする。
「イーズテイルも落ち着かないのか」
「こんなところも飛竜と竜騎士はつながりがあるものなのかしら」
クラリスは夫の飛竜の鼻先を撫でる。イーズテイルが目を細め、じっとする。
クラリスのつわりはやや重かったものの、幸いと言って良いものか、飛竜たちの匂いには拒絶反応は出なかった。
しかし、背に乗せて飛ぶにはもっと太らなければならないと言われたときと同じく、イーズテイルは痩せてしまったクラリスに心配そうにした。クラリスが薬草園に姿を現すと察知して舞い降りる。ぴったりと寄り添い、つまずきそうになったらさっと鼻先や尾で支え、重いものを持とうなどしようものなら「ギュワ!」と制止する。カールと同等の過保護さをみせた。
クラリスのお産はわりに長引いた。
カールは魔の森に初陣したときよりも青ざめ、始終生きた心地がしなかった。いろんな者に会って声を掛けられた気がするが、まったく覚えていない。待つ間、音はすっかり失われていた。それが、元気な赤ん坊の泣き声で一気に音がなだれ込んできた。棒立ちになった後、最速で産褥に飛び込んだ。
真っ赤な顔で泣くから赤ん坊と言うのかと、ぼんやり考えた。
カールは泣きながらクラリスの手を握りしめ、よくぞ、よくぞ、と繰り返していたらしい。らしい、というのはやはりそこもあまり覚えていないのだ。とにかくクラリスが疲労激しいものの無事だったこと、嬰児が元気いっぱいであることに安心した。
クラリスが出産した子供に、イーズテイルだけでなくすべての飛竜たちが強い興味を示した。
「だぁ、だぁ、」
「ギュワ、ギュワ」
まるで会話しているかのようだ。カールとクラリスの子供が小さな手を伸ばすと、飛竜はそっと鼻先を近づける。てちてちと小さな手で叩くと、小さく「ギュワ」と鳴く。クラリスに対するよりももっと慎重な動きを見せ、周囲を驚かせたものだ。
そして、さらに驚愕させたことに、飛竜たちの何頭かが番となり、卵を孕んだ。その中にはイーズテイルの番もいた。
そう、長きに渡って番を持たなかったイーズテイルにも、変化があったのだ。
竜騎士たちは歓喜した。
彼らだけでなく、ウィングフィールド全体がいまだかつてないほど沸いた。
床上げしたクラリスは卵を孕んだ飛竜たちのために薬草を選んだ。
「あまり無理をしないでください」
「ギュワ」
「また倒れないようにしますわね」
心配するカールとイーズテイルを、クラリスは笑っていなす。
「ギュワァ」
「ギュワワァ」
卵を孕んだ飛竜たちはいつぞやのクィンと同じくクラリスに甘え、日ごとに薬草の好みを変えた。しかし、決定的に違うのは、乳母に付き添われたカールとクラリスの子供の存在である。クラリスが薬草園に出るときはいっしょにやって来る。そうするとイーズテイルほか飛竜たちが集まって来て嬰児の様子を確認するようにゆりかごに鼻先を近づける。
「だぁぁだ」
「ギギュュワ!」
赤ん坊がきゅっと飛竜の鼻先を握ろうとして指がつるんと滑る。飛竜が驚いたように目を丸くする。それを見ていた辺境伯夫妻や竜騎士たちから笑い声が上がる。
「だぁだだ」
「ギュワワ!」
卵を孕んだ飛竜はたいて神経質になるが、薬草で鎮静し、辺境伯夫妻の子供に興味を惹かれておおむね具合は良好である。
竜騎士たちは数頭同時に飛竜が卵を孕むという珍事にいまだかつてないほど緊張を覚えていたが、クラリスとその子供によって飛竜たちが穏やかに過ごせていることに安堵し、感謝した。
「辺境伯と辺境伯夫人、そしてその御子は飛竜たちを癒し、好まれている」
竜騎士たちの言は瞬く間にウィングフィールドの隅々に行きわたった。
「ギュワギュワギュワ! ギュワ!(クラリスがカールの卵をお腹に宿したんだよ! やったね!)」
「ギュワギュワ。ギュワァ。(でも、痩せちゃったんだ。心配だなあ)」
「ギュワギュワギュワ!。ギュワギュワギュワ! ギュワワ!(とっても可愛い子が生れてきた! 僕たちのことをとっても好きなんだって! 僕たちも大好きだよ!)」
「ギュワ。ギュワギュワ。ギュワギュワァ。(小さいなあ。こんなに愛しいものなんだね。僕も子供が欲しいな)」
※注:イーズテイルがそう思っているだけで、「人間が番の卵を宿す」という設定はございません。




