60 そこのおっさん、お前は冒険者なのか?
「つまらない話で時間を取らせてしまったな」
ミリアム女史がそう言うと、居住まいを正した。
「盗賊の事だが、情報を秘匿していた訳ではないのだが……」
「と言うと……?」
歯切れの悪い返答に俺が尋ねると、ミリアム女史は悔しそうに唇を噛んだ。
「正直に言うと、我々の方でも情報が足らないのだ。そんな状況で他のギルド支部に援助要請も出せない。仮に出したところで、我がギルド支部の立場が弱くなってしまう。そうなると、所属している冒険者達に迷惑が掛かってしまうのだ……」
どこの世界にも、こういった面倒なしがらみがあるんだなあ。
ろくに情報も集めてない状況で救援を要請したら、ギルドが無能と笑われてしまうのだろう。
だからって、被害は実際に広がってる。ギルドの面子でこの状況を座視している訳にはいかないぞ。
「よく分からないのだけど、盗賊の被害が出てるから倒しに来てって言えないって事にゃ? なんでにゃ?」
「ミユ、相手がどんなのか分からないのに、無責任に討伐依頼は出せないんだよ」
「そうなのかにゃ~。流石はクラタんにゃ!」
まあ、物は言いようだ。
一方、フィルデの方は何か思うところがありそうだ。
一時とは言え、同じパーティーメンバーが盗賊となって、罪も無い人達を襲い、あまつさえ自身を奴隷の身に堕とした奴らだ。
その怒りを思い出しているのだろう……。
「実際、南部のギルドで分かっている情報はどのくらいだ? ニドアールの手紙にも書いてあると思うが、俺達の把握しているところだと、『風の咆哮』という盗賊団で、『風牙のロヴェン』、『圧殺のオーグ』、『沈黙のエルダ』、『眼鏡を指でクイっとするガリベン』が率いているらしい」
「そ、そんな詳しい情報を把握しているのか!? 一体どんな情報網を持っているのだ!?」
「ふふふ、それは国家機密にゃ!」
ミユさんや、エーシャのパクりは良くないぞ。
「……くっ! それだと追及できないじゃないか!!」
いや、本気にするなよ。
このギルドの情報網は大丈夫か? 急に心配になってきたぞ。
もしかしなくても、トルゲ商会の情報屋のオヤジの情報網が凄いのか?
それはともかく、名前以外の情報は分からないって事だ。
肝心のフィルデも、元パーティーメンバーの事をすっかり忘れてて頼りにならない。
取り敢えずは、エーシャを交えて作戦会議をするか。
そろそろ戻ってきている頃かもしれないな。
「ミリアムさん、この南部で俺達が独自に動いても構わないか? 一応は商人の仲間の護衛という名目なのだが……」
討伐依頼が公に公布されていない以上、他所者の俺達がこの周辺で冒険者稼業をするのは、あまりよろしくない。
早い話が冒険者の縄張りだ。
「あ、ああ……それは構わない。後で私の方から特別依頼書を発行しておこう。それなら地元の冒険者達とトラブルになっても大丈夫だろう」
そんなので、トラブルを回避できるのか怪しいものだが、素直にもらっておこう。
「分かりました。では、早速活動させていただきます」
「心苦しいが、頼んだぞ。クラタ殿、ミユ殿、フィルデ殿」
「任せるにゃ! クラタん、フィルデ、早く行くにゃ!」
まったくミユのやつ。張り切り過ぎだろうよ。
フィルデはさっきからずっと考え事をしているのか、大人しい。
この差はなんだろうな。
ミリアム女史の執務室を失礼する際に、彼女がニドアールの手紙を嬉しそうに見つめる姿が見えた。よっぽど嬉しかったのだろうなあ。
ギルドに併設されている食事処で軽食を摘まみつつ、エーシャを待ちながら情報を整理する。
今分かっている事は、情報屋のオヤジが教えてくれた情報だけだ。
もしかしたら、ギルドに伝えられていない情報が他にもあるかもしれないが、地元の冒険者達が余所者の俺達に簡単に教えてくれる訳が無いだろう。
先程から俺達に向けられる視線を浴び続けていて、精神的に疲れる。
その視線にミユは何も気にしてないし、フィルデはさっきから黙り込んだままなので、俺の精神的疲労が蓄積していく。
「クラタん、クラタん、このパスタ美味しいにゃ!」
「ああそうだな。食べ過ぎると昼食が不味くなるぞ」
「うにゃ!」
終始こんな状況だ。
ミユの図太さが羨ましい。
「……フィルデはさっきからどうした? ずっと黙ったままだが、何か思い出した事でもあるのか?」
「いえ、イヅナ国風の食事も美味しかったのですが、やっぱり肉を食べたくて……。昼は鶏のから揚げにするか、がっつり系のハンバーグにするか悩んでいたのです」
……俺、もう帰ってもいいかなあ。
「アタシは魚料理が大好きにゃ! 御刺し身が食べたいにゃ!」
「聞いた事があります。生で食べられる魚料理ですよね。海に近い場所かアイテムボックスに収納して運ばれた新鮮な魚じゃない調理できないと聞きますね」
「そうなのにゃ! 醤油とワサビも無いと美味しくいただけないのにゃ!」
ミユさんや、そんな知識をどこで仕入れてくるのかな。
半ば呆れつつ、お嬢さん達の食事談義を見守っているとエーシャがやってきた。
ボサボサ頭に大きな眼鏡の商人スタイルだ。
「お待たせしました。色々情報を集めてきましたよ。あ、そこの給仕のお姉さん、手ごろなお酒と付け合わせを適当に見繕ってください」
「おいおい、昼前から酒かよ」
「別にいいじゃないですか。商人なんて朝から飲んだくれてる人もいるんですよ」
そんな商人がいるのかよ。
それはそうと、手早く元の姿に戻るのが芸術的に早いので感心してしまう。
酒を持ってきた給仕の子が、エーシャの姿が変わっている事に驚く様子が微笑ましい。
「じゃあまずは、おつかれさまー!」
こんな昼前から、お疲れも何もないけどな。
「お疲れ」
「お疲れにゃー」
「お疲れ様です」
「それでは盗賊に関して、お互いの情報を交換しましょうか。まずは私の方から──」
エーシャがそう言った途端、俺達のテーブル席の周囲をガラの悪そうな男達が囲んでいた。
先程からの妙な視線はこいつらみたいだ。
まさかとは思うが、俺達が盗賊の情報を集めていたのがバレたのか?
そんでもって、こいつらは問題の盗賊の手下という可能性が高い。
流石に不用心に動き過ぎたか……。
「なんだ、お前達は?」
男達を睨みつける。一応は知らぬ存ぜぬを通しておこう。
「そこのおっさん、お前は冒険者なのか?」
リーダーらしき男達が逆に尋ねてきた。
質問を質問で返すのは良くないぞ。
「ああ、こう見えても冒険者だぞ。ちなみにCランクだ」
わざわざ周囲に言う事でも無かったのだが、ガイラさんの件やゴーレムを単独討伐した事によって、俺はCランクに昇格していたのだ。
もっとも、ミユ達の方が凄いので一流冒険者の証を得た実感は無かったのだが。
Cランクと聞いて、絡んできた男達や周囲の野次馬達がざわつく。
意外とランクってハッタリにもなるのだろうかね。
「ふ、ふん。そりゃおっさんにもなれば、無駄に長い経験と資金でランクを買う事もできるんだろうな!」
なんだか凄く悔しそうである。
というか、俺はミユより冒険者の経験は浅いぞ。
「そんで、おっさんの俺になんの用だ?」
既にミユ達は男達に興味を失っていて、普通に飲食を続けている。
「……おっさんが可愛い女の子達を侍らせているのが納得できん」
こういうのも久々だなあ。ミユと知り合った時もこんな感じだったのを思い出す。
おっさんだからって、若者から恨みを買うなんて理不尽だろう。
若いというだけで、圧倒的アドバンテージがあると言うのに。
まあ、彼らの気持ちも分からなくもない。
だけど、ミユ達は娘みたいな存在だ。
親目線みたいな感じで接しているだけで、断じて侍らせている訳では無い。
……子供を持った事は無いけどな。
「何か勘違いをしていないか? あくまでも彼女達はパーティーのメンバーだぞ」
「クラタん! アタシ達って、パーティーだったのにゃ!?」
「私のような者がソウジ様のパーティーに加えていただけるのですか!?」
「私は本職の冒険者ではないのですが……」
いきなり話の腰を折るのはやめてくれないかなあ。
というか、俺達って正式にパーティーを組んでいた訳じゃなかったんだな。
今更気づいたよ。
「くそう! おっさんのくせしてイチャイチャしやがって!!」
「俺達がモテないからって、見せつけやがって!」
「もげろ!!」
「お、俺なんて異性に優しくもらったのは母ちゃんだけだぞ!」
おいやめろ、聞いているだけで俺の精神が削がれる。特に最後の奴!
野次馬の中にも、思わず涙を流す者も現れた。
「お前に勝負を申し込む!! 俺達が勝ったら、そこのかわいこちゃん達は俺達のパーティーに入れるからな!!」
今時かわいこちゃんなんて言葉は聞かないぞ……。
というか、こいつらは盗賊の手下じゃないのか?
「全然意味が分からないんだが。なんでわざわざ、俺がお前達と勝負しなくちゃならんのだ」
「意味はある! 俺達が勝てば、かわいこちゃん達がパーティーメンバーになってハッピー!」
「流石はリーダーだぜ!」
「なんという頭脳派!」
「母ちゃん以外の異性に優しくしてもらえる!」
いい加減、頭が痛くなってきたのだが。
「じゃあ、俺が勝ったらどうなるんだ?」
「ははは! そんな事は万が一にも無いだろう。おっさんのお前が勝ったら……」
「……勝ったら?」
すげえ嫌な予感がする。
こういう時の予感って、不思議と外れないんだよなあ。
「その時はおっさんのパーティーに入れてもらう! かわいこちゃん達のパーティーに入れてもらってハッピー!」
「流石はリーダーだぜ!」
「なんという頭脳派!」
「母ちゃん以外の異性に優しくしてもらえる!」
もう勘弁してくれ。




